第97回:コロナ後に伸びるのはD2C化した茶業者か

確実に意識と消費行動が変わってきた

4月初めに、今回の新型コロナウイルスの流行は、パラダイムを変えるだろうという想定をしていました。

第94回:パラダイム転換の時代に

日本でも緊急事態宣言の発令と外出自粛の中で、その変化は急激に、そして着実に変化が起こってきているように感じます。

当初は「収束したら、今までのように出歩きたい。出歩けるだろう」と考えていたものが、「収束しても、なんとなく怖い」という恐れを感じ、外出には消極的なマインドになってしまっている方も相当数いるように感じます。

「新しい生活様式」と銘打たれた行動様式が発表され、それに対しての反発の声も聞こえてきます。
しかし、その生活様式は、確実に私たちの日々の生活に急速に取り込まれていくことになるでしょう。
日本においては、第二次世界大戦後と同じくらいのインパクトのある変化になるのは、どうやら間違いないようです。

 

「企業は環境適応業」

ゲームのルールが変われば、それに合わせなければいけません。

良く言われているように、企業とは環境適応業です。
環境が変わったのであれば、いち早くその環境に適応した事業に切り替えなければ、企業の存続は危ういのです。
これは茶業界とて同じことです。

それでは、新しい世の中に適応した事業、茶業とはどういうものなのか。

コロナ発生以来、あれこれ考えを巡らせているのは、この命題です。
なんとなくのイメージはあるのですが、それが固まらないということはインプットが足りない。
自分の持っている情報だけで考えると見誤るのは世の常。

そのようなこともあって、数冊本を買い込み、色々読んでみました。
そんな中で、面白い本が一冊ありましたので、ご紹介します。

 

D2Cとは?

それが、この本です。
大変評判が良いようで、今年の1月出版にもかかわらず、私が手にしたのは4月に刷られた4刷でした。

D2Cという言葉は聞き慣れないかもしれませんが、Direct to Consumerの略で、オンラインストアなどで消費者へ直販する新興のブランド・販売企業のことです。
アメリカなどで、最近急成長する小売企業の多くがこのビジネスモデルを採っていることから、注目を集めている概念です。

多くは2000年代後半から展開した企業で、扱っている商品はベッドのマットレス、旅行用スーツケース、男性用カミソリなど、いずれもありふれた商品で、ややもするとオールドビジネスと見做される商品がほとんどです。

しかし、こうした企業は、ユーザーのニーズに合った商品を開発し、販売代理店や量販店等を通さずに、直接ユーザーにネットなどで販売。
さらにユーザーとのコミュニケーションを重視し、製品開発に役立てたり、あるいはユーザーを自社のファンにして、SNS等で拡散させていくなど、ネット企業のようなことも行います。
また、多くの企業では、自社の製品の紹介だけではなく、たとえば、ベッドのマットレス販売企業であれば、より良い睡眠を得るためにはどうしたら良いか、というメディア(Webおよび雑誌)も運営しています。
そうしたメディアを使って、ユーザーに有益な情報を提供しながら、自社の価値観や製品のこだわりについて、圧倒的な情報量で伝え、顧客を啓蒙していくというメディア企業の側面も持っています。

販売している商材は、ありふれた日用品であることが多いのですが、企業の考え方や在り方が従来企業とは一線を画しており、それゆえに消費者の熱狂的な支持を得て、急速に指数関数的な成長を遂げている企業が多数あります。
この本は、そのムーブメントの発祥地であるアメリカのD2C企業の事例を豊富に紹介しています。

やや、テック用語や見知らぬチェーンや商品名が沢山出てくるので、いささか読みにくくはあるのですが、これらの企業が従来型の企業と何が違うのかを理解できる良書だと思います。

 

茶業に適用できるか?

詳しくは書籍を読んでいただくのが良いと思いますが、個人的には茶業にどう適用できるか、あるいは既に行っている茶業者がいるかどうか、について考えてみました。

まず、茶業にこのD2Cの考え方を持ち込んだら、大いに成功する可能性はあると考えます。
なぜなら、このようなD2C企業が主にターゲットとしているのは、ミレニアル世代(1989年~95年頃に生まれ、インターネットが当たり前の世代)であり、こうした方々は、茶業者がこれまでアプローチできていなかった層だからです。

この世代は、いわゆる団塊ジュニアの子供世代に該当し、お茶はペットボトルが当たり前の世代です。
そうなればたとえば、一定の世代以上にあるような「100g1000円以上は高級茶」のような固定概念や、「お茶とはこうでなければならない」といった先入観もないので、新しい茶業の形を作っていく上では、この上ない顧客層だと思います。
こうした層に向けて、「お茶があることで生まれる豊かなライフスタイル」をカッコ良く(非常に重要!)かつ分かりやすく提案ができれば、今までの茶業の相場観に影響されない、新市場が形成できる可能性があります。

この世代は、ネットに親しんでおり、かつセンスの良いもの、それでいて値頃感のあるものに惹かれる傾向があります。
従来型の茶業者はほとんどこの層にアプローチできていないわけで、眠れるマーケットなのです。

中国に目を向けると、近年注目を集めている「小罐茶」などはパッケージデザインや広告宣伝の品質は、D2C企業のそれに近いものがあります。
しかし同社の販売網は、代理店などを通じた販売もかなり多く、D2C企業と呼ぶには少し不十分です。

日本でも、最近は店舗デザインやパッケージデザインに工夫を凝らし、若者向けのイメージを打ち出している店舗が出てきています。
が、それもデザイン面での特色のみであり、商品自体の差別化や顧客とのコミュニケーション、そしてメディアなどを使った顧客の啓蒙という点では、不十分だと感じます。

 

様々な能力が要求されるD2C企業

D2C企業は素晴らしいように見えるので、この本を読んで、D2C企業を目指そうとする会社は多く出て来そうです。
が、おそらく、その実現は容易ではないことが、すぐに分かるのではないかと思います。
なぜなら、企業に必要な様々な能力がいずれも、非常に高度なレベルでスピーディーに実現できないと、このサイクルが機能しないためです。

思いつくところを挙げると、

・ミレニアル世代に魅力的な企業コンセプトの確立
・企業コンセプトに基づく商品開発(仕入れ、パッケージデザイン、値付け、デリバリー方法等)
・企業コンセプトを啓蒙する顧客に役立つ(単なる商品紹介ではない)情報の絶え間ない発信(Web、雑誌、SNS等)
・デザイン・ユーザーエクスペリエンスに優れたショッピングサイトの開発
・顧客とのコミュニティーづくりとそこからのフィードバックとデータ分析
・企業コンセプトを体感できるような直営ショールームの開設

等々。
これらを大企業に匹敵するレベルのクオリティーの高さで用意しないといけません。

列挙すると簡単そうですが、たとえば、Webでの情報発信と言っても、本などに紹介されている程度の情報では、顧客は心が動きません。
より本質を突き、さらに自社の企業コンセプトに合致する記事を書くことの出来るライターは、ほとんどいませんから、一朝一夕にはいきません。
さらに用いられる写真など、デザイン面でのクオリティも上げなければ顧客の心を動かせません。

いずれも、他の仕事をやりながら片手間で出来るレベルではなく、それぞれプロフェッショナルな専門家集団の仕事が必要です。

アメリカでは、これを解決するための基盤が既にあります。
ベンチャーキャピタルが発達しており、起業したばかりの会社にリスクマネーを提供でき、そうした人材への投資が可能であること。
また、多くのD2C企業やテック企業、メディア企業の優秀な人材が流動化しており、人材市場から調達が可能であること。
D2C企業をサポートするようなWebサービス提供会社やデザイン会社、ブランディングのコンサルタントなどが揃っていること、などです。

日本ではこうした基盤が無いため、D2Cは素晴らしいと思ったとしても、それを実現するのは非常に難しいわけです。

 

協業による日本版D2Cは可能?

とはいえ、日本でも少しずつ、デザイン性に優れたオンラインストアを立ち上げられるサービスが始まったり、環境は整いつつあります。

それでも、先に述べたような理由から、全てを自社で完結させることは難しいでしょう。

が、目標を共有した企業や個人が集まって、共同プロジェクトとして日本版のD2Cによる茶業ビジネスを立ち上げることは可能かもしれません。
お茶の生産者が何社かと、販売の核になる会社、デザインやブランドを統括する会社、顧客をファン化するためのメディア会社、顧客のコミュニティーを運営する会社などが、協業するというイメージです。

決して不可能ではないと思うのですが、さてどうでしょうか。

 

 

 

次回は6月1日の更新を予定しています。

 

 

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