第103回:「茶学部」に象徴される知の集積

学術分野での躍進が続く中国

先日、一般ニュースでも流れましたが、中国の自然科学分野での論文数がアメリカを抜いて、初めて世界一になったそうです。

NHKニュース:自然科学分野の論文数で中国が初の世界1位に
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200807/k10012556811000.html

上記のNHKの記事より引用すると、

この中で、おととしまでの3年間に発表された論文をもとに1年当たりの論文数を多い順に並べると、中国は30万5900本余り、アメリカは28万1400本余り、ドイツは6万7000本余り、日本は6万4800本余りとなり、中国が論文数で初めてアメリカを上回り世界1位になりました。

中国とアメリカが30万本前後で競い合い、そこから大分離されて、ドイツと日本が続くという状況になっているようです。
日本はトップ集団とは5倍近い差をつけられています。
米中両国とは人口差があるとはいえ、ここまで差がつけられていたのかと感じた方もいらっしゃるでしょう。

原典はこちら:科学技術・学術政策研究所 科学技術指標
https://www.nistep.go.jp/research/science-and-technology-indicators-and-scientometrics/indicators

 

このニュースに関しては、ネット上の一部の反応などでは「中国の統計は信用できない」というような声もありますが、これはおそらく事実だろうと思います。
中国は学術研究への投資を惜しまない姿勢を有していますし、各企業もどんどん収益を開発費に注ぎ込み、新しい製品を開発しています。
スマートフォンなど、さまざまな分野で中国企業は急成長していますが、その裏付けとして研究分野の急成長があることは間違いありません。

本来、資源の乏しい日本は、人材や研究開発こそが生命線だったはずなのですが、その優位性はすっかり失われています。
これは教育行政など、国家規模の取り組み不足に他ならないのですが、そのあたりは与党も野党も追及が随分と緩いように感じますし、対策もまったくもって不十分であるように感じます。

 

当然、茶業の研究も急速に進む

の教育政策の方に脱線していきそうですが、このブログは茶に関するブログですので、茶の研究の方に目を向けてみます。

新中国建国時から、ソ連向けの借款返済原資として茶が指定されたため、茶業の振興は国家的な事業でした。
そのようなこともあり、一部の大学では茶を専門的に研究する茶学部(中国語では茶学系)が設置され、主に茶樹の栽培や育種などの研究が行われてきました。
主に農業科学の一環として、茶を学問として位置づけ、研究してきました。

その後、1980年代後半になると中国の茶業は輸出から内需へ大きく切り替わらざるを得ない状況となりました。
この段階で、国内の多くの大学で茶学部を設立する動きがおこり、研究者の裾野が広がり始めます。

1990年代~2000年以降、中国の茶業は急成長産業として、急速な発展を遂げています。

何事も産業が発展するには裏付けが必要です。
特に知識などの知的資本が蓄積されていなければ、産業は早晩、頭打ちになるものです。単なるバブルで終わる可能性があります。
しかし、現在の中国の茶業が急速に成長し、それが一過性のもので終わっていないようです。

産業の発展は、人材の需要が増すことでもあり、現在では中国各地にお茶を学べる茶学部が設立されています。
先日、中国茶情報局の方で、中国の茶学部を有する大学20を紹介した記事があるので、こちらを参照ください。

中国でお茶を学べる大学

茶を生産する省であれば、必ず茶学部のある公立大学が存在するような状況です。
また、天福茗茶のような企業が、天福茶学院のような私立大学を設立し、自社の成長を担う人材を確保する動きもあります。

また、茶学部で学ぶ学問分野も、栽培、育種や製茶といった、農業・工業に繋がる自然科学分野から、マーケティングや茶文化といった社会科学分野、さらには茶藝など芸術分野にまで広がってきています。
産業が成長するに従って、必要な人材や研究分野が学際領域に広がっていくのは自然な流れです。

茶学部が多いということは、専門教育を受けた学生がそれだけ多いということでもありますし、教育を担う大学教員、研究者の数が多いということにもなります。
こうした高度な知識を有した人材が豊富にいることは、今後の中国の茶業が発展する上では、大きな財産になることでしょう。

 

茶を学問として捉えることの少ない日本

一方、日本に目を向けてみると、お茶を学問として捉える向きが非常に弱いように感じます。
お茶の知識は「雑学」や「蘊蓄」という扱いで聞かれることが多い印象ですし、「お稽古事」のように捉えられているようでもあります。

「学問」と雑学・蘊蓄の類いで、大きく異なるところは曖昧さです。
学問では確立した定義や知識を積み重ね、体系的に論じていきます。相違点があれば、建設的な議論が可能です。
そのため学問であれば、誰に習っても、ある程度の幅に結論は集約されますし、突拍子も無い結論にはなりません。

しかし、雑学・蘊蓄は、断片的な知識や情報に過ぎません。
特定の事象の前提となる知識を理解していないケースもあり、断片的な知識をさらに曲解、拡大解釈して伝えるケースもあります。
あるいは論者の主観や経験に基づくものを知識と称していることもあり、言葉の定義の正確性を担保していないことも多い印象です。

このような特質があるため、雑学や蘊蓄を繋ぎ合わせても、体系的な知識にはなりません。
言葉の定義がそもそも違っていれば、辻褄の合わない部分が出てきますし、「人によって言うことが違う」となります。
最終的には「この人を信じるか、信じないか」という宗教論争に着地せざるを得なくなります。
流派というのは、基本的にそういうものなので、お茶(とりわけ茶藝や茶道など)は放っておくと学問にはなりづらい分野なのかもしれません。

日本でも学問として確立しているのは、栽培や育種などの農業分野。
あるいは文化人類学の流れの中での文化学、農業経済学の一環としての研究程度に限られているような印象があります。

そもそも、日本には茶学部を設置している大学は無く(静岡県立大学に茶学総合研究センターがある程度)、研究者が分散しています。

一般の人にとっては、「大学のような高等教育機関で教えているものが学問」というイメージなので、「お茶は学問」「茶学」という言葉を聞いてもピンと来ないのかもしれません。
しかし、蘊蓄や雑学の類いであっても、学問的な裏付けのあるものと、そうでないものでは雲泥の差があります。
日本において、茶に関して紹介する本やテレビなどの報道を見て、頭を抱えることが多いのは、案外そうした学問的裏付けの薄さによるものだと思います。
※誤解の無きよう補足しておきますと、決して全ての消費者がお茶は学問的に学ぶべき、と言っているのでは無く、そうした学問として積み重ねる研究者が必要である、という趣旨です。

 

茶に関する知的資本の差は、まもなく明らかに

ここまで見てきたように、中国は大学の茶学部などで、茶を学問として研究する研究者、大学教員は多数おり、現在多くの学生が茶学部で学んでいます。
一方、日本においては茶学部を設置している大学がそもそも存在せず、研究者の方の多くは、各所に分散しており、茶以外の別の専攻分野を教えながら、茶の研究を行っている状況にあります。

この状況を客観的に見れば、日本の方が中国より研究レベルが高い、知的な蓄積が多い、などとはとても言えない状況です。
もっとも、これまでの蓄積があるので、日本の方が若干はリードしているのかもしれません。
が、アメリカすら論文数で逆転されている状況ですので、もはや時間の問題でしょう。

このようなことを言うと反発を受けそうではあるのですが、事実は事実として受け止めるしかありません。
そして、どうやったら追いつき、追い越せるのかを冷静に考え、それを粛々と実行するしかありません。

かつて、アメリカも日本に製造業で圧倒的な大差をつけられていることを自覚し、『Japan As No.1』などの書籍に見られるように、徹底的に日本を研究することで、強み弱みを把握し、IT革命に繋げていきました。
その後のアメリカのIT産業を中心とした経済成長については、言うまでも無いことでしょう。

日本は高度経済成長期は、先進国に追いつけ追い越せをモットーとして、急速な成長を遂げました。
どちらかというと日本はフロントランナーとして先頭を走るよりも、キャッチアップの方が得意な印象もあります。

ここは、冷静に中国の茶業を分析し、徹底的にベンチマークする。
それを日本の状況に合わせてローカライズし、新しい茶業モデルの構築を行うことが必要なのでは無いかと思います。
「中国の茶業はレベルが低い」のような上から目線の思い込みは、この際、スパッと捨てるべきです。もはや我々の方が、フォロワーです。

 

日本の茶業界への提案

上記のような状況を踏まえて、日本の茶業界へ提案をしたいことがあります。

1.中国の茶学部への留学生・若手研究者の派遣
中国の茶学部に留学生や若手の研究者を派遣し、現在の中国の茶学を学ぶ機会を設けるべきだと思います。
生産分野ももちろんですが、それ以上に茶の需要創造やブランド化の研究など社会科学分野での研究も進んできています。
そうした内容を現地で学んできた人材は、日本の茶業界に大きな貢献をもたらすものと思います。
茶業界が奨学金制度などを設けて、学生の留学を支援するようなスタイルも考えられるでしょう。

2.茶学部の設置
産業界の動きが鈍いのが本当に不思議なのですが、これは日本の茶業を考える上で、非常に重要なテーマだと感じます。
静岡県立大学で2013年に茶学総合講座が開設され、それがセンター化された茶学総合研究センターは大きな一歩だと思います。
しかし、本来であれば、静岡、鹿児島、京都など有力な産地に茶学を研究する大学が少なくとも1校はある状態が理想でしょう。
そうした受け皿があれば、中国の茶学部へ留学した学生や研究者の活躍の場にもなり、産学連携も可能でしょう。

いずれも、今の茶業の状態を考えると、実現が難しいテーマであることは間違いありません。
しかし、人材の育成は10年や20年のスパンで時間がかかるものでもあります。
今やらなければ、実現はますます難しくなっていくことでしょう

中国でも茶学部の開設が進み始めてから、約20年経って結果が表れてきました。
人を育てるというのは、それだけの時間がかかるものでもありますが、時間を掛けて育てた人材は、必ず茶業の未来を明るく照らす人材となることでしょう。

 

次回は9月1日の更新を予定しています。

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