日本国内だけから中国茶を見ていると見失いがちなこと
しばらく日本と中国の間での人の交流が無くなったことで、日本国内の中国茶事情も、かなり変わってきたと感じることがあります。
特に最近顕著に感じるのが、中国の中国茶市場と日本の中国茶市場の乖離です。
「現地では緑茶が中心なのに、日本では烏龍茶が中心」など、昔から乖離はあるのですが、特に顕著に感じるのは価格帯についての誤解です。
たとえば、「中国緑茶は高い」と言われます。
これは有名ブランド茶の初摘みに近いような超高級緑茶に限って言えば、事実でしょう。
1斤2,000元程度でも序の口レベルで、1斤8,000元程度の値付けがなされている超有名産地の頭采のお茶というのも存在します。
しかし、少し時期を遅くすると、ガクンと値段が下がるのもまた事実です。
産地を雲南など人件費の安い地域に目を向ければ、1斤数十元程度でも十分に美味しいと感じる緑茶もあります。
「値段の安いもの、有名産地産でないものは、美味しくないでしょう」と思い込んでいる人も多いです。
が、現地で300~500元程度で販売されている、現地の売れ筋のお茶を、値段を明かさずに飲んでいただくと「美味しい」という反応になることもしばしばです。
実際のところ、日本で商売になる価格帯は、このくらいのはずなのですが。
また、「武夷岩茶は高い」とも言われます。
これは一面では事実であり、他のお茶に比べれば、焙煎の回数なども多く、茎や崩れ葉(粉末)の除去を繰り返すので、生葉の量が通常のお茶の倍必要という事情もあります。
よく言われる「正岩茶」ということにこだわると、それを生産する風景区内の土地の使用料(注:中国では生産手段である土地は国有のため、耕作利用権を借り受け、その使用料を払う形で耕作する)が上昇の一途を辿っており、結果、生葉の価格が暴騰しているという面はあります。
しかし、正岩茶という縛りを外すと、数百元でも十分に美味しいと感じる武夷岩茶はありますし、現地ではそのようなお茶が最も売れ筋になっています。
ただ、日本の市場で販売することを考えると、慧苑坑水仙、馬頭岩肉桂のようなブランドネームを冠することが出来ないため、こういうお茶はほとんど入って来ていません。
日本のお茶屋さんが発信する情報ばかりを見ていると、現地とは随分乖離したイメージになりがちなものなのです。
日本で売れるものを仕入れれば、必然的に市場の様子は変わる
とはいえ、この現象は日本の中国茶専門店の方を責めるわけにはいきません。
ビジネスとして中国茶を商う以上、日本で売れやすいもの、売れると思われるものを仕入れ、それを大いに宣伝するのは当然だからです。
現在の日本の中国茶市場は、スーパーマーケットなどで販売される廉価帯の茶葉については、往時ほどの勢いがありませんし、愛好家は見向きもしないでしょう。
よって、ペットボトルの原材料などとして入ってくるものがほとんどであり、一般の中国茶愛好家の目に触れることはありません。
その一方で、中国茶専門店の方が扱うお茶の多くは、より品質の高いものを求める傾向が強くなっています。
特に茶葉の量は、以前のような50gや100g単位ではなく、20gや10g、はたまた1回分の5gや8gといった少量販売が主になってきましたから、単価を上げて、よりセンセーショナルな感動を与えるようなお茶を扱う方にシフトしていきます。
こうなってくると、たとえば中国緑茶であれば、「明前獅峰龍井茶・在来種(頭采)」のような商品を並べることになります。
誰もが知っている中国緑茶のトップブランド、西湖龍井茶。
その中でも最高級の産地とされている獅峰山、なかでも茶通が好むとされる味の深みのある在来種を用いたもので、今年の一番摘み・3月28日に収穫したものを少量入手しました。
中国の地理的表示(GI)の認定マークの付いた間違いの無い逸品です。
というような宣伝文句が躍ることになります。
もし、このようなお茶を購入するとなれば、今年の現地価格でも1斤8,000元は下らないと思いますから、当然日本での販売価格は、その数倍となるはずです。
その下のもっとお手ごろなグレードは無いのか?となるはずですが、そもそも中国緑茶は、日本での知名度も低く、美味しさを知っている人が多くありません。
そして、フレッシュな緑茶の味と香りを楽しめるのは、半年もありませんから、仕入れは絞らざるを得なくなります。
ビジネスとして考えると、「売れるものを仕入れる」わけですから、このような商品ラインになるのは、ある意味、当然のことです。
とはいえ、このようなお茶ばかりが並ぶのであれば、中国緑茶は手の届かない存在だと思われても仕方ありません。
現地に行くと、安くて美味しいお茶は沢山あるのにな・・・と感じますが、日本で販売していないのでは、伝える術がありません。
武夷岩茶に関してもそうで、安いものはペットボトルの原材料のみです。
また、「正岩茶以外は飲む価値が無い」ぐらいのことを言うマニアもいますので、正岩茶と書いてないと手を伸ばしにくい、という雰囲気も何となくあります。
そうなると店側としても、「中途半端なお茶を仕入れるくらいなら、品質の良いものを少量だけ入れよう」という仕入れにならざるを得ません。
そもそも、武夷岩茶は昔のように核心産地だけで作られていた時代は、正岩茶(本来は大巌茶、中巌茶と呼ばれていたもの)、半岩茶、洲茶というカテゴライズが機能していましたが、今や生産地域は武夷山市内全域に広がっています。
正岩茶というのは、今の武夷岩茶の間尺には合わない区分(全体の生産量のごく僅かでしかない)なのですが・・・
そうは言っても、現在の市場に合わせて商いをしなければなりませんから、お店の方も苦労が絶えないことと思います。
歪んでいるなら、補正をする
「日本の中国茶市場は歪んでいる」と言い出せば、「歪んでいるのはけしからん!正常化せよ」などと過激なことを言うように思われますが、これは受け入れざるを得ないことだと思います。
なんらかの現象の一部分を切り出せば、そこにはある程度の恣意性が含まれ、元の姿とは異なったものになるのは当然だからです。
出来るだけ広い範囲を映そうとする鏡も歪むことがありますし、地図も図法によっては大きく歪みます。それはそういうものだから仕方ないのと一緒です。
日本という別の茶文化を有し、別の食品の安全基準を持つ国に茶葉を持ち込み、それをビジネス的に成立させなければならないのですから、「歪んで当然」と考えるのが自然でしょう。
むしろ、歪みを極力小さくするよう、多くの中国茶専門店の方は努力していると思います。
ただ、その歪みを歪みとして認知しているのと、全く歪みに気づかないのでは、雲泥の差です。
自動車のバックミラーとドアミラーでは見え方、特に距離感が違いますが、これはそれぞれの鏡の歪みによる見え方の違いです。
その特徴を頭に入れて運転しないと、事故が起こります。それと同じように、日本市場にはこのような歪みがあるということを頭に入れておくことです。
その上で、中国茶という世界をどう見るかを考えたり、現地でお茶を購入したり、産地を訪問するなどした方が良いということです。
日本で見えているものだけが、中国茶の世界だと思わないようにしよう、ということです。
当社で実施している講座は、最近、この点に力を入れるようにしています。
たとえば、「新茶を飲む」では、価格帯の違うお茶を安いものから高いものまで入れるようにしたり、等級(=価格)ごとの比較を行ったりしています。
また、中国茶研究講座の武夷岩茶編では、外山茶とされる閩北烏龍茶と値段の安い武夷岩茶、いわゆる正岩茶、その中でも核心産地の正岩茶と価格帯の違うものを比べるなどしています。
これによって、価格相応の美味しさがあるということと日本の市場だけでは見えない、価格帯の幅・それに伴う品質の幅というものも体験いただくようにしています。
中国茶の世界を見る際の「補正レンズ」のような役割として活用いただければ幸いです。
次回は7月1日頃の更新を予定しています。