第143回:中国茶は以前より勉強しやすくなっていると考える理由

中国茶は昔より勉強しやすくなったか、しにくくなったか?

古くから中国茶を勉強している方とお話をしていると、過去と現在の環境の違いについて考えることがあります。

「昔(2000年前後の中国茶ブームの頃)の方が勉強しやすかったのではないか?」という主張の要旨は、

・昔は各地に中国茶の専門店(一通りの中国茶が揃う総合的な店)があった
・本屋に行けば入門書の類いがたくさんあった

ので、「本を買い、専門店に行けば、中国茶を学ぶことが出来た」というものです。

確かに、現在の中国茶をとりまく環境としては、

・実店舗は少なくなった。あったとしてもカテゴリーキラー的な特定茶種のみの専門店で品揃えが絞り込まれている。
・本屋に行っても中国茶の本が無い(ここ10年ほどでも、新刊本は数えるほどしか出ていない)

という状況ですから、昔のような勉強の仕方は、確かに望むべくもありません。
なるほど、こうして勉強をしようと思えば、今の状況は劣悪としか言いようがありません。

しかし、私の認識では、それ以外の方法を上手く活用するのならば、「昔より、はるかに勉強しやすくなっているのではないか?」と感じます。

※日本での中国茶ブームの大まかな歴史は、以下の過去記事をご参照ください。

第84回:求められる新しい”コンセプト”

 

中国茶の”価格”と”解像度”とは劇的に上がっている

はじめに”中国茶”そのものの変化についてお話をしておきたいと思います。
ここでお話をする内容は、直接の経験者の方からお話を伺っている2000年前後の中国茶ブームの頃からの話になります。
※私自身が中国茶に関心を持ち、勉強をし始めたのは2005年頃からですから、それ以降の事情については、ほぼ経験談です。

まず、2000年の中国茶の生産量ですが、約68.3万トンです。
1996年が約59.3万トン、2006年が約102.8万トンですから、2000年頃までの伸びと2000年以降の伸びが顕著に変わってきています。
そして、2014年に200万トンを突破し、2021年には300万トンを突破しています。
これだけの急成長をすれば、中国の茶産業の市場規模・構造も大きく変わっていると考えるのが当然でしょう。

さらに中国の経済成長も21世紀になってから、急ピッチで成長を遂げ、これに伴って人件費や資材費等の生産コストの高騰が続いています。
茶葉の平均価格についての統計は不確かですが、日本のお茶愛好家が求める水準の名茶だけに限れば、2006年当時から考えても、10倍以上の価格にはなっているはずです。
※冒頭の写真を撮影した2006年の安渓では、1斤500元も出せば驚くぐらい品質の高い鉄観音茶が手に入りましたが、今、同等のものを入手しようとすれば数千元は必要です。

また、現地の情報が多くもたらされることによって、中国茶そのものの”解像度”が大きく上がっているように感じます。
”解像度”という言葉は、画像データなどで良く使われる言葉ですが、物事の精緻さを意味します。

たとえば、2000年当時であれば、龍井茶といえば西湖龍井茶とそれ以外程度の認識で通用しました。
が、現在ではより細かな産地や新興産地(西湖、銭塘、越州の区分だけで無く、新昌、富陽のような大産地が成長)の存在や品種の多様化(現在、西湖産区で主力の龍井43は、まだ少数だったし、烏牛早を用いて作る早場産地も少数だった)など、龍井茶だけでも情報量が従来とは全く違います。
台湾の高山烏龍茶にしても、阿里山、梨山といった広めの産地区分を知っているだけで、十分詳しい人だと思われていたかもしれません。
が、今ではさらに細かな小区画の情報があり、さらには春茶と冬茶等の区分や品種の区分など、そこまでを情報としてこなせるだけの方が増えてきている状況です。

従来であれば、十分詳しいと考えられてきた情報が、今では昔のデジタルカメラの画像のように随分粗く感じられるようになっているはずです。
これこそが、まさに”解像度”という言葉を使用するゆえんです。

 

”高解像度”時代に対応するための”専門店化”

このように”高解像度”が求められる時代になると、店主一人であちこちに買い付けに行くというスタイルの中国茶専門店もビジネススタイルを変更せざるを得なくなります。
それぞれについての豊富な知識が求められるようになれば、総花的に中国茶を取り揃えるのではなく、より強みを活かせる茶葉に特化し始めます。

例えば、台湾茶だけに絞ってみたり、中国茶の中でも武夷岩茶だけに特化する、といったもの。
あるいは複数の強みを活かせる茶葉だけに特化することで、情報と茶葉の品質の両方を高める方向に行きます。
現在、良質な茶葉と豊富な知識・情報を届けられる中国茶専門店の多くが、カテゴリーキラー的に特定の茶種か複数の茶種に特化した専門店化しているのは、必然とも言えます。

このこと自体は、産地のリアルな情報が得やすくなるなど、メリットも大変多いのですが、デメリットもまたあります。
それは、

・あまりにも情報が細かすぎて、初心者には難しく感じられてしまう(マニアには歓迎されるが、初見殺し)
・特定の茶類だけでは、中国茶の全体像を提示することはできないため、場合によっては適切ではない形で部分最適化され、他店の説明との矛盾が発生する場合がある(初心者が混乱する原因)
・最初に訪問する店を絞りにくい(幅広い品揃えと豊富な知識の両立は難しいので、どちらかが欠けてしまう)

等のデメリットです。
「中国茶を勉強したかったら、とりあえず店に行け」と言われても、初めにどこへ行けば良いのか?を絞りきれないということです。

「やはり、昔の方が良かったではないか!」と思われるかもしれませんが、中国茶の”解像度”自体が上がっているので、これは致し方ないことです。
中国茶の成長スピードが人智を超えるスピードなので、人間側の処理が追いついていないのです。

 

実店舗は減ったがネット販売は定着した

少し角度を変えた話として、実店舗を構える店はだいぶ少なくなりました。
しかし、その一方でオンラインショップは大きく増えてきていますし、オンラインで茶葉や茶器を購入することに抵抗のない消費者が増えています。
特にコロナ禍以降は、こうした流れが加速しているように感じます。

「近くに店が無いので中国茶は買えないし、飲めない」と考えていた人にとっては、オンラインショップは大変ありがたいものです。
また、知識が無いうちは、「実店舗だと店員さんが怖いのではないか・・・」と店舗へ訪問するのを躊躇っていた方も、プレッシャーを感じずに購入することが出来ます。
実店舗の減少は確かに残念なのですが、ネット販売が気軽になったことのメリットが過小評価されているように感じます。

ネットショップの中には、ネットでの情報発信に力を入れている店もあり、それが次のような効果も生み出しています。

 

無料で得られる知識と情報が増え、独学でもある程度の知識を得られるようになった

昔からネットでの情報発信に力を入れていた老舗のお店では、商品紹介ページやブログなどに、細かな情報を記載しています。
細かな情報を文章や写真、あるいは動画などで残すというのは大変な作業です(読む側は一瞬ですが、書く方はうんうん呻りながら書くものです。読書感想文を書く辛さを思い出してください)。
こうして積み重ねた情報が、いまや知識としてインターネット上に膨大にストックされています。

何か詳しいことを調べようと検索エンジンにキーワードを打ち込めば、詳しいお店の情報が表示されます。
その情報の中身を精査して、これは信頼できるお店だ、と感じれば、そこの常連になるという方もいるでしょう。
現代人は、何か分からないことがあれば、まずはネットで検索をする、というのが一般的ですから、これも非常に良い効果だと思います。
※もっとも、自店の商品に結びつくように部分最適化された情報も多々あるので、そこは情報を見抜く目(体系だった見識)が必要になるのですが。

また、ブログ等を用いて専門的な情報を発信する人も出て来ていますし、媒体の幅も広がってきました。
私自身も力を入れていますが、YouTubeにアップされる中国茶関連の動画の質も向上しています(従来はお茶のいれ方を字幕のみで、無音か大きすぎるBGMと共に流す薄暗い動画しか無かった)。

以前であれば、「本を買って読む」「お店に出向いて商品を買うついでに話を聞く」「有料の講座に参加して話を聞く」という形でしか得られなかった情報も、無料で得ることが出来るようになっています。
これは劇的な改善で、本が何冊出るよりも、大きなインパクトがあります。
本には紙幅の都合や出版頻度、訂正や新情報の上書きが難しいという問題があり、カバーできる知識や情報には限りがあります。
が、ネット上にはそのようなものが無いので、”正確な情報を発信する人がいる限り”という条件はつきますが、ある程度の知識はネットだけで得ることが出来るようになっています。

もちろん、独学には独学の限界があります。
それは自分が好みに思う情報だけを拾うことになったり、ネット上での需要がある情報以外は基本的には発信されていないので、本質的な情報に抜けや漏れが出てくるということです。
こうしたものは、やはり中国茶教室などに通い、もう少し体系だてて学ぶ必要があります。
いわゆる”知見”を得ようとするのであれば、ネット上での独学だけでは難しいと思います。
※動画作成者としてみると、そうした本質的な情報は発信してもニーズが無いために、動画サイトからも評価が低く、リターンが少なくなります。また、初心者を引き返させてしまう内容になる可能性があるので、公開情報としては出しにくいものです。しかし、それを知ることが”知見”に繋がり、本質を見極める目を養うことになります。

しかし、右も左も分からない状態で、そこへ飛び込むのではなく、ある程度の知識や情報を独学で身につけてから、飛び込めるようになったのは大きな進歩だと思います。
さらにコロナ禍以降はオンラインで参加できる講座も増えてきていますから、距離的・時間的な制約からも自由になっています。

もっとも、こうした時代は、お茶の先生方にとっては、通り一遍の情報を教えるだけでは通用しなくなるということなので、実に厳しい状況になったとも言えます。
今まで以上にレベルアップが求められる時代です。しかし、解像度の高くなった中国茶の世界を紹介するならば、それは避けて通れません。

 

SNSの普及で同好の士が繋がりやすくなった

お茶の教室やお店に通うことのメリットは、同じような中国茶の愛好家に出会えることです。
そこで、良いお店や美味しいお茶など、ちょっとした情報交換が出来たり、刺激を受けることは、趣味を深めていく上で欠かせないものです。

ところが、これも最近はネットの力で、随分やりやすくなっています。
SNSがかなり深く浸透してきており、個人の方も思い思いの情報を発信する時代になったからです。

たとえば、Twitterを活用するとすれば、とりあえずTwitterアカウントを作ります(本名である必要は無く、個人情報を過剰に晒す必要もない)。
そして、キーワード検索窓に「中国茶」と入力をし、出てきた中国茶について発信をしていそうな人を片っ端からフォローしていきます。
100人くらいフォローすれば、自分のタイムライン上に、どんなお茶を飲んだ、このお茶は美味しい、のような情報が自然と流れてきます。
ほとんどが愛好家のリアルな情報であり、自分と好みが似ているなど好感を持つ投稿者の方が見つかることでしょう。

また、”全日本お茶好き連合#茶好連)”のようなグループのハッシュタグをクリックしたり、グループに参加をすれば、より多くのお茶に関する情報が得られるでしょう。
そうしたものを3ヶ月~半年間くらい眺め、なんとなく投稿の作法のようなものが理解できれば、自分の飲んだお茶の写真と感想を投稿してみましょう。
同じような愛好家から、「いいね」がついたり、「フォロー」されたり、コメントなどをいただくなどして、自然と繋がりができていきます。

他にも、音声SNSのClubhouseなどでは、お茶の愛好家の方が、みんなで同じお茶を一斉に飲むような企画番組を毎週のようにやっていたりします。
無料でみんなの感想を聞きながら、同じお茶を全国で同時に飲む、といったちょっとしたイベントのようなことが、自宅から無料で参加できたりするのです。

このようなことは、実店舗などではなかなか出来なかったことですが、それが全国レベルで出来るような時代になっています。
実に凄い時代だと思います。

 

今後はリアルなお茶会、イベント、講座等が復活

ここまで見てきたように、コロナ禍という厳しい状況下ではありましたが、それによって中国茶を勉強する環境は大いに整ったといえます。

さらに今後は、全国各地で行われるお茶会やイベント、講座などが復活していくものと考えられます。
それらが復活しても、ネット上での知識・情報やSNS等の繋がりの重要性が減ることは無く、上手く補完する形で進んでいくものと思われます。
また、中国茶人口が増えてきているという状況になれば、再び書籍などの出版や新店舗のオープンなども見込めるかもしれません。
そうなってくれば、再び中国茶ブームが来てもおかしくはありません。

「過去はこうであったのに・・・」と古い人ほど嘆くケースは多いのですが、今現在で出来るようになったことに改めて目を向けてみると、「なんと恵まれた時代になったことか」と感じます。
今あるものを上手に活用して、中国茶を学び、そしてどこかのタイミングで後から来る人たちのために、情報などを発信する側に回る人が増えれば、もっと学びやすい状況が出来るのではないかと思います。
少なくとも現在の状況は、学ぶ手段や媒体こそ変わってはいますが、かつてよりは中国茶を高解像度で学べる世の中になっていることは間違いありません。

 

次回は6月1日の更新を予定しています。

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