第119回:”知っている”と”伝えられる”は全然違う

今回は、少しいつもと違う話をしたいと思います。
中国茶に限らず、講師という仕事についてです。

促成栽培はできない

これは全くの個人的な好みの話なのですが、講師資格や指導資格などを付与するタイプの資格ビジネスが、あまり好きではありません。
資格ビジネスの中でも、英語検定や中国語検定など、技能水準などを認定する資格であれば、良いとは思います。
しかし、数ヶ月や1年間程度勉強するだけで、指導者資格の免状を発行しますよ、というような資格は、いささか無謀に感じます。

このように感じるのには、私自身のキャリアに理由があります。

まず、大学生の時は4年間、個別指導&集団形式の塾講師のアルバイトをしていました。
その後は、コンサルティング会社で金融機関や企業向けのセミナー講師などを数多く担当し、全国を駆け回っていました。

このように、何かを”伝える”あるいは”教える”ということについては、なんだかんだで20年以上のキャリアがあります。
その立場から考えると、”知っている”ことと”伝えられる”ことは全く別物であり、数ヶ月や1年程度では知識を詰め込んで”知る”ことはできたとしても、”伝える”までは到達しないだろうと思ってしまうからです。
講師という職業の人を、促成栽培するのは難しいと思います。

まずはその理由について、お話ししたいと思います。

 

”知っている”ことと”伝えられる”ことは別のスキル

誰かに何か専門的なことを体系的に伝えてみようと試みた方なら分かるのですが、その分野の基礎的な素養が無い方に伝えることは、非常に困難を極めます。

たとえば、「パソコンに全く触れたことが無く、マウスを持つのも初めて」という方に、オンラインショップで買い物をしてもらおう、と考えてください。
「そこのボタンをクリックして、会員登録を・・・」と説明するだけでは通じず、まず、マウスとは何か、1回押すのがクリックで、2回押すのがダブルクリック・・・と、本筋と関係の無いように感じられることまで説明する必要があるかもしれません。
そうかと思って、パソコンの基本操作から教え始めてしまったら、いつまでも目的に辿り着けず、イライラされてしまうかもしれません。

スムーズに何かを教えるためには、相手が何を知っていて、何を知らないのかを見極めたり、質問によって引き出す技術というのも必要になります。
これは実は非常に高度なスキルです。

その典型が、個別指導塾などに通っている生徒さんたちとのやり取りです。

個別指導塾には多くの場合、比較的学力に自信の無い生徒さんたちがやって来ます。
学力が伸びない理由は、多くの場合、今まで学校で学んできた内容を消化し切れていなかったり、十分に理解できないため、その後に積み上げとして学ぶ内容が理解できなくなってしまうことです。
たまたまその単元を学習する時に学校を休んでしまった、などの、ほんのちょっとした躓きであるケースが多いのですが、どこで躓いているかを本人やご両親、学校の先生が認識していることは稀で、何が分からないのか誰も分かっていないというケースがほとんどです。
そこをきっかけに自信を無くし、ある学年までは優秀な成績だったのに、急に自信を無くして、全般的な成績不振になったりする生徒さんも多いです。

私が実際に経験したケースでは、中学生でも九九が全て覚えられていなかったり、分数の概念が分からないので、全然勉強について行けていない、ということもありました。
こういう場合は、小学生の内容に立ち戻って教えないと解決しません。しかし、生徒にもプライドがあるので、そこを傷つけないよう上手く教えないといけません。
正直、最初はビックリしたものですが、たくさんの生徒を見ているうちに、いくつかのパターンが見えてくるようになりました。

このように、個別指導塾の講師は、生徒が答えをどのように導いているかであったり、会話をすることで、どこで躓いているか、何が分かっていないのかをいち早く察知することが必要です。
これができないと、いつまで経っても生徒さんの学力は改善しないことになるからです。
決まりきった内容を教えているだけでは、講師失格です。

・・・と、伝えること、教えることというのは、教わる方が思っている以上に高等技術なのです。
”知識があればOK”というような、お気楽なものではないと考えています。
※ここまで考えるアルバイト講師は稀だったと思いますが・・・

 

伝える能力は、どうやったら身につくか?

知識をインプットすることは、比較的実現しやすいことなのですが、伝える能力を身につけるのはどうしたら良いのでしょうか?

伝える能力や教える能力は、正直、人によって向き・不向きがあると思います。
具体的には、相手がどのようなことを考えているかを推察できないタイプの方は、なかなか難しいと思います。

とはいえ、人並みの対人感受性があれば、あとはトレーニングで身につけられると思います。

その方法ですが、「実際にアウトプットして、反応をもとに改善する。これをひたすら繰り返す」というものです。
多少、時間をショートカットする方法はありますが、基本的にはこれしかありません。

アウトプットするとは、自分の知っていること・伝えようとすることを誰かにしゃべってみる、文章に書いてみる、絵に描いてみる、など、自分が伝えようと思う方法で実際にやってみることです。
スポーツの練習と一緒で、イメージトレーニングだけでは上手くなることは有り得ないので、実際に身体を動かしてやってみることです。

何かをアウトプットすれば、それに対しての反応があります。
「分かりやすかった!」という嬉しい反応もあるでしょうし、「良く分からない」「内容が間違っている」というネガティブな反応を示されることもあるでしょう。
良かれと思って、喩え話で説明してみたら、全然違ったイメージで伝わってしまった、のような失敗をすることもあります。

ネガティブな反応を受けると心が折れてしまいがちですが、そこは心の持ちようです。
自分だけでは分からないことを教えてもらえた、とプラスに変換して考え、改善項目にしていきます。
改善したものをまたアウトプットして、反応を得て、それを改善し・・・と、このサイクルを何度も何度も繰り返していきます。

改善を着実に続けていけば、アウトプットはどんどん洗練されていくでしょうし、自分なりのノウハウが溜まっていきます。
そうなると、”伝えるセンス”も身についていくことでしょう。

センスは一朝一夕にはつかないので、ひたすらインプットとアウトプット、そして改善するというサイクルを続けていく以外に方法はありません。

 

”調べる能力”も大事

伝える能力を身につけるためには、まずはアウトプットなのですが、アウトプットをする前に身につけるべき能力があります。
それはインプット能力の一つである、”調べる能力”です。

何かをアウトプットする場合は、裏を取らなければいけません。
人から聞いたことを鵜呑みにして書くだけでは、内容が非常に浅くなります。
2しか知らない人が1を書くのと、10や100を知っている人が1を書くのでは、説得力が全く違います。

誰かに教えるために必要な知識は、人から教えてもらったものだけでは、全然足りません。
それだけで話をしようと思ったら、”師匠の劣化コピー”ができるだけです。
自分自身で情報を調べ、世界を自分で広げることができる能力も必要です。

情報を調べる際、特定の先生やWebサイト、書物だけに頼りきるのは非常に危険です。
できれば複数の情報ソースに当たり、論理的な妥当性があるかどうかを検証する必要があります。
世の中には正しい情報ばかりでは無く、誤った情報や誇張された情報、特定の意図を持った情報などもたくさん出回っています。
これらを上手に取捨選択しなければ、情報の海に溺れることになります。

情報を取捨選択するためには、たくさんの知識をきちんと自分の中で消化して、知識の”幹”のようなものを形作っておく必要があります。いわゆる”見識”です。
何か新しい情報があったら、その”見識”に照らし合わせ、正しい情報かどうかを判断し、取捨選択します。
場合によっては、得た情報をもとに自分が持っている”見識”自体をアップデートする必要に迫られることもあります。

時には、今までの”見識”を否定しなければいけない局面もあるかと思います。
そこでどう振る舞うかは、極論すると人間性や人としての生き方が問われてくることになるでしょう。

講師という仕事は、これも一つの”道”だと思います。

 

次回は5月16日の更新を予定しています。

 

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