ここのところ、中国の茶業界で明確な傾向として現れているのは、各地域の銘茶を”ブランド”と位置づけ、それをどう守り、いかに発展させるかという考え方です。

このような動きのなかで、注目すべきキーワードを挙げるとすれば「地理的表示(地理标志)」ではないかと思います。

中国の地理的表示製品には緑地のGIマークがついている

 

地理的表示(GI)とは何か?

最近、日本でもEUとの間での経済連携協定(Economic Partnership Agreement・EPA)が大枠で合意したことが報道されました。
多くの報道は関税率についての話題が取り上げられていましたが、少し聞こえるようになってきたのが、地理的表示(Geographical Indication・GI)という用語です。

地理的表示とは、日本の農林水産省の定義によれば、

地理的表示とは、農林水産物・食品等の名称で、その名称から当該産品の産地を特定でき、産品の品質等の確立した特性が当該産地と結び付いているということを特定できるもの。
とされており、日本では平成26年6月に成立した「特定農林水産物等の名称の保護に関する法律」を根拠に平成27年6月1日から制度の運用が始まっています。
同年12月22日に「神戸ビーフ」「夕張メロン」「八女の伝統本玉露」など7種の農林水産物が登録されたことを皮切りに、今年6月23日までの認定数は、全部で38件となっています。
「地理的表示」の保護とは、単なる「商標」の保護とは、保護のレベルが異なります。
地理的表示は、単に商標だけでなく、製品の製法、品質、産地の気候・風土・土壌等の様々な基準が登録されることになっています。製法や産地、品質まで含めて明文化し、知的財産権として保護するものという位置づけです。
もし、権利を侵害されるような行為があったとき、商標の場合は、商標侵害された当事者が訴訟を実施することなどで対抗するしかありませんでしたが、地理的表示の場合は、行政が取り締まりを行うことになっています。
さらに地理的表示は権利者たる登録団体に加入した者のみが、地理的表示を実施することが可能となるという性質を持っているため、一企業が単独で保有する商標とは異なり、地域の共通ブランドとしての育成が可能です。
地理的表示に対して独立的な保護を与えている国家は100以上もあり、多くの国で地元の優れた農産品を保護する役割を果たしていることもメリットとして挙げられるでしょう。
伝統的な農産品を多く抱えるEU諸国は、とりわけ地理的表示の保護に積極的な姿勢を示しています。
世界的に知られるものであれば、「シャンパン」や「パルマハム」などの製品がGIとして登録されており、これらの地理的表示を侵害するような行為(たとえば”日本のシャンパン”、”パルマ風ハム”のような表記を行った製品の販売など)は厳しく取り締まりを受けることになります。
一部のメディアでは、この点をとらえて「EUとのEPA締結の副作用ではないか」と報じている記事もありました。
が、これは副作用などではなく、世界的な知的財産権を守るという潮流の中では当たり前のことです。不法コピー商品の販売や所持を禁じるのと何ら変わることはありません。
長い年月をかけて培ってきた伝統的な技法や、その製品を生み出す土地・風土へのリスペクトがあれば、当然守られるべきものです。
副作用とみるのは、地理的表示の本質に対する理解不足ゆえの過剰反応ではないかと感じます。
これまで、日本では農産品の保護については、商標登録ベースでの保護のみを行う傾向にありました。
しかし、この方法では、商標侵害に対しての抗力を発揮できるのは訴訟という煩雑かつコストのかかる方法でしかできないこと、商標が適用されない外国などでは対抗措置が執りにくいこと、などから、不十分でした。
そのため、世界の潮流としては、地理的表示の保護を積極的に進める流れにありました。

中国の茶業界の地理的表示対応

世界の潮流に違わず、中国では地理的表示への対応を早くから進めています。
さまざまな農産品で制定を進めていますが、茶製品だけでも既に300以上の製品が地理的表示の保護を受けており、その数はどんどん増え続けています。
日本の登録件数が、すべての農林水産品を数えても38件に止まっている(茶製品は「八女の伝統本玉露」と「西尾の抹茶」の2件のみ)ことをみると、いかに日本の対応が遅れているかを実感できるのではないかと思います。
さて、地理的表示を行うためには、「そのお茶が何者であるか」を明記した基準が必要になります。
中国の場合は、ここに国レベルで作成する「国家標準」や省や市などが作成する「地方標準」でもって、お茶の要件を定義しています。
その中には、産地の気候・土壌といった先天的な条件や品種や製法、等級の分類、要求される基準などが細かく記されています。
端的に言えば、この基準に則ったものが「本物」であって、それ以外は「偽物」であると線が引かれることになります。
中国茶では、よく「本物」「偽物」の論争が起こるのですが、地理的表示保護のために茶の要件を定義した「標準」ができることによって、その境目がガラス張りになった、ということです。
これは、そのお茶がどんなものかを客観的に知ろう・伝えようという場合には、大変有効な手立てにもなります。
今までであれば、様々な本を読んだり、いろいろな人の話を聞いて、「おそらく、このようなものではないか」という自己流の定義を提示したり、「○○という説もある」というような少しぼかした説明をしたり、真偽不明の伝説の話に逃げるのが精一杯だったのですが、少なくとも地理的表示を行っているものであれば、より明確な根拠を示すことができます。
たとえば、龍井茶であれば、国家標準『地理的表示製品 龍井茶』(GB/T 18650-2008)や関連する標準をきちんと読みさえすれば、以下のような明快な定義を書くことができます。

地理的表示製品保護範囲内(※1)で摘みとられ、茶樹品種(※2)の必要条件に適合した茶樹の生葉を、伝統技術に則って、地理的表示製品保護範囲内で加工、製造したもので、“色緑、香郁、味醇、形美”の特徴を有した扁形の緑茶。

※1 西湖産区、銭塘産区、越州産区の3つに分かれる。
・西湖産区 ・・・ 杭州市西湖区(西湖風景名勝区)
・銭塘産区 ・・・ 杭州市䔥山、濱江、余杭、富陽、臨安、桐廬、建徳、淳安
・越州産区 ・・・ 紹興市紹興、越城、新昌、嵊州、諸曁および上虞、磐安、東陽、天台などの県(市)が管轄している一部の郷鎮

※2 龍井群体、龍井43、龍井長葉、迎霜、鳩坑種など龍井茶の加工に適するとされた優良品種。

これが公的に定義された、いわゆる「本物」の龍井茶の定義です。
少なくとも、この条件を満たしていないものは、本物の龍井茶ではない、となるわけです。
このほかに、製法や品質の基準(きちんと読み解くには評茶員の素養が必要です)も明示されています。
国家標準や地方標準という政府が発する公的な文書によって、きちんとした定義がなされていれば、本を何冊も当たって共通項を見いだしつつ、「諸説ある」「○○らしい」「○○と言われている」というようなエクスキューズを付けた、歯切れの悪い表記をする必要もありません。
当然、このような標準を作り、様々なことを定義していくにあたっては、産地内での激論や葛藤も多くあったことだろうと思います。
何かを明確に定義するということは、周りが考えるほど、簡単にはできないことです。茶のような伝統的産業では、特にそうでしょう。
しかし、そこを調整して、このような明文化した文章を提示してもらえると、部外者にとっても、その製品が何者であるのかをわかりやすく理解できることになります。
海外などに販売するつもりであれば、当然必要な武器になると思いますし、中国のような模倣品の多い国では必須のものであると思われます(だからこそ、中国では制定が一気に進んでいるのですが)。
なお、台湾でもお茶に関する地理的表示はスタートし始めており、鹿谷凍頂烏龍茶、阿里山高山茶、日月潭紅茶など10種以上が登録されています。
が、その基準の洗練度や浸透度などは、大陸よりはまだ遅れているように感じます。
いずれにしても、「地理的表示」については、茶業界が全体として関心を高め、取り組みを進めていく必要がある分野のように感じます。
(参考)
農林水産省・地理的表示(GI)保護制度のページ
次回の更新は8月10日を予定しています。