第154回:中国茶の知識のアップデートが進まない構造的な問題

当ブログの読者の方であれば、日本で流通している中国茶の知識と現在の中国茶の知識の間に乖離が生じていることは、認識いただいているかと思います。
「なぜ、知識がアップデートされていないのか?」と問われれば、これには明快な答えがあります。

最初に結論を言ってしまえば、「中国茶を教える・伝える側が、情報のアップデートを怠っているから」です。

情報をお伝えして対価を頂くプロフェッショナルとしては言語道断なのですが、しかし、これを「人様に有料で教えているのに、それはケシカラン」の一言で片付けてしまうと、結局、問題は解決しません。
この問題を解決しようと思えば、中国茶を教える・伝える側の人たちが抱えている問題点について、切り込んでいく必要があります。
今回は、そのあたりをお話ししてみたいと思います。

 

問題点1・最新情報をどこで得られるかが分からない

おそらく、一番大きな問題点はこれだと思います。
中国茶教室等で学び、茶藝師であったりインストラクター資格を取得した方などが、中国茶の講師をしていることは多いのですが、自分で情報を集めることに長けている方は、そう多くはありません。
師事した先生の話が、ほぼ全てになっており、自分自身で情報を集めることが苦手だったり、そのトレーニングを受けていないことが多いです。

もっとも、現地への渡航を頻繁にされたりしていれば、お店の品揃えの変化だったり、茶業関係者からの話などが入ってくるので、何となく雰囲気は把握していることが多いです。
しかし、たとえば「中国の茶の生産量の統計データを調べてください」というようなことに対応できる人は、ごく少数ですし、学術論文を検索できる人は少数です。
統計や先行論文を調べるというのは、なにがしかの研究者なら出来て当然のスキルですが、それが出来ない人が多いのです。

少し勘の良い方ならば、中国の国家統計局のページを調べれば出てくるということは分かると思います。
が、語学的なスキルも要求されますので、実際にデータを引っ張り出すことができる人は、さらに少数となります。

 

・・・とはいえ、ここでは「中国茶講師が全て研究者のようなスキルを有するべきだ」と言いたいのではありません。
誰かが調べた確かなデータがあれば、それを引用すれば良いだけです。

しかし、そのルートを持っていない方が多いので、そうなると「得にくい情報は省いてしまえ」ということになります。
例えば日本では中国茶の生産統計の話を避けてしまう講師の方が大変多いですし、出ていたとしても随分古い統計が記載されていることが多いです。

日本国内で「中国茶学会」のようなものでもあれば、統計データを共有することなどもできるのですが、残念ながら、そのような仕組みがないのです。
これはある意味、構造的な問題です。

 

問題点2・論拠や出典を示せない

問題点1にも関連してきますが、論拠や出典を明確に示せない方が多いです。

そういう方々がどういう説明をするかというと、「○○と言われている」「○○らしい」「経験的には、○○だと思います」「私見では、○○です」のような、伝聞や推定の言い方が多くなります。
こうしたものが連続すると、聞いている側としては、大変歯切れの悪い説明に聞こえるものです。
あるいは自信満々で説明していたとしても、ちょっとした突っ込みが入ると、途端にしどろもどろになってしまうことも多いです。
論拠や出典がハッキリしていない説明は、本当に力がありません。

しかし、これも知識をアップデートしていれば、随分違ってくるのです。
まず、以前とは違い、原産地保護制度や標準などが整備されていて、お茶の言葉の定義などは随分厳密になってきています。
学問の世界では、用語の定義というのは極めて厳密にされるもので、用語集などは学会等で真っ先にまとめられるものです。
揺らぎのある使い方をしているのは、きちんと調べていないか、新しい言葉で見解が分かれている、のどちらかなのですが・・・(後者はそんなに多くあるものではありません)。

また、中国の茶産業が成長する過程で、大量の研究者が生まれており、日夜研究に励んでいます。
その成果である論文なども多数出ているので、それらを出典として提示すれば、科学的なことでも、だいぶ正確な著述や説明が可能になっています。
もっとも、論文を読みこなすためには、その分野の基礎知識・素養が必要ですし、語学的なスキルも必要になります。

平たく言うと、多くの方が経験則や耳学問をベースにした情報を知識として学んでしまったため、現在の中国における学問的なお茶の世界との乖離があるのです。
そもそもの指導者養成講座などが、現地の学問的なスタンダードをきちんと取り入れていれば、このようなことにはならないはずなのですが。

 

・・・とはいえ、ここでも「中国茶講師は全て研究者のようになるべきだ」と言いたいのではありません。
やはり、誰かが調べた確かな根拠や書物があれば、それを引用すれば良いだけです。

しかし、残念ながら日本語で出版されているものでは、あまりそうしたものはありません。
現地のものにしても、消費者向けの一般書籍では、かなりあやふやな記述が多いため、専門書に当たる必要があります。
日本語で出版された、科学的にも学問的にも正しい書籍があれば大分状況は変わると思うのですが、残念ながら現状では書ける人がいません。
これもまた、構造的な問題でもあります。

 

問題点3・情報を得るためのコストが高すぎる

上記の2つの問題を、一般的な講師の方がクリアするのは非常に難しいのです。
そこで、ある程度の専門知識を有している方のところに師事をして、そこから最新情報を得る、というのが現実的な解かと思います。

しかし、これはなかなか進まない、というのが現実です。
これには、教える側の都合によるものと、教わる側の都合によるものがあります。

まず、その師匠の先生も、従来の生徒さんに対して「次から次へと新しい情報を伝えていくというのは、大変荷が重い」ということです。

他人に新しい情報を伝えるためには、まず自分自身がきちんと内容を咀嚼し、整理する必要があります。
しかし、新しい分野だったりすると、予備知識をきちんと備えないと理解できないこともあるので、その学習などに骨が折れます。
たとえば、2時間の講座を準備するのに、数十時間かかるというのはザラに起こることです。
新しい分野は、指導するためのコストが非常に高いのです。

それよりも、全くの新規の生徒さんの育成に注力した方が、今までの講座を使い回せますので、遥かに労力は小さくなります。
テキストを毎回改訂するわけでもないでしょうから、講座の立ち上げコストは生徒さんの募集コストぐらいです。
中国茶教室の経営的観点で言えば、圧倒的に後者に注力したいと考える人が多いでしょう。

 

そして教わる側の都合ということですが、これも言われてみれば「なるほど」と感じるものだと思います。

まず、情報をアップデートすることの意味を見出しにくい、ということです。
業務として中国茶を教えている方であれば、「教える際に困るから・・・」という理由も出るのですが、実際には茶藝師やインストラクター資格を取得している人でも、実際の中国茶の指導を生業としている人はほとんどいません。
多くの方は趣味で楽しむために勉強した方々で、自分がお茶を淹れるのに困らない程度の技術があれば、正直、最新の中国茶の事情がどうかというのは、極論すれば”どうでも良い”のです。
どうでも良いことなので、そこに対して、多額のコスト(たとえば、インストラクター資格や茶藝師資格を取得するなら数万~数十万円の費用、さらに教室に通う時間と労力)を掛ける気には、なかなかなりません。

また、新しく学ぶ情報の中には「自分が勉強したことが間違いである」という事実を突きつけかねないものもあります。
自分自身がせっかく学んだものが間違いだと言われるのは、あまり心地の良いものではありませんし、知らない方が幸せだったかもしれません。
そうなると、ここに多額の費用や時間を掛けようとは思わないわけです。

多少は好奇心のある方や必要だと感じている方もいるのですが、やはりコストとの兼ね合いで徐々にフェードアウトする、というのが資格取得者の同期や知人などを見ていても、多かったように思います。

 

ここまでまとめると、

供給(教える)側の立場に立つと、専門的な内容は講座の開発コストがかかる上に、需要が少ないので、出来ればやりたくない。
需要(教わる)側の立場に立つと、メリットが見出しにくく、多額のコストを掛ける気にはならないので、供給側の提示する金額・方式は受け入れづらい。

と、平行線状態になってしまっているのが現状です。
まさに構造的な問題です。

 

一つの解決策として、学び放題のサービス

と、ここまで問題点を列挙してきましたが、いずれも実に解消が難しい問題であることが分かると思います。

いきなり日本で「中国茶学会」を作るというのは、研究者自体が少ない中では荒唐無稽のことのように思われます。
また、圧倒的に正確な情報の詰まった書籍となると相当な大著になりますので、すぐ出てくるとも思えません。
中国ではこの種の本が政府のプロジェクトとして何冊か刊行されていますが、莫大な予算と大勢の研究者がいてこそ出来る芸当です(これを翻訳するのは一手ですが、翻訳している間に次が出てきそう)。

ただ、最後の問題については、「中国茶の最新情報をきちんと取りたい」という方の需要が少しでもありさえすれば、どうにか解消は可能ではないか?と考えています。

比較的低廉な費用で、自分の必要とする最新情報を取り入れられる仕組みがあれば、無理なく知識のアップデートができると思うのです。

 

そこで先日、開始することとしたのが、当社で運営しているTeamedia Online Schoolの「研究生」制度です。

「研究生」制度

まず、前提として、当社で実施している講座は、レギュラークラスとなっている「中国茶基礎講座」「標準を読む」に関しても、毎年、テキストとスライドを作成し直しています。
これは、標準などがどんどん新設・改訂されているためで、それに合わせて、最新の定義を取り込んでいます。統計データについても、毎年、調べ直して、数字を書き換えています。

とはいえ、大枠の内容は変わっていませんので、初期に学んだ方でも、おそらく大きな問題は無いのですが、やはり差異は出て来ます。
たとえば雲南省の白茶の呼称が変更になったことであったり、西湖龍井茶で使用すべき品種が新たに伝わったことなどは、最新の講座でしか説明していません。
しかし、それを聞いてもらうためだけに、通常と同額の費用と時間・手間を掛けて再受講していただくのは・・・、と提供側としては少し心苦しく感じていました。

また、当社ではもう少し突っ込んだ内容を話す「中国茶研究講座」などの講座や単発で受講できる講座も実施しています。
これらの中には、「この部分は、基礎講座や標準を読むの補足的な内容なので、できれば聞いていただきたい」と思ったとしても、基本的には単発の講座なので、タイミングが合わなかったりすると、受講していただけないということが生じます。
これは大変に勿体ないことであると感じていました。

そこで、現在の中国の学問的なお茶の世界であったり、原産地保護制度や標準によって規定されているお茶の世界を理解している方に限り、全ての講座VTRを定額料金で1年間閲覧できる、すなわち学び放題にすることにしました。
インターネット環境さえあれば、どこからでもいつでも見ることが出来ますから、時間や労力のコストも小さくなりますし、何より費用が大きく下がります。

当社としても、せっかく苦労してテキストなどを改訂したり、最新情報にしたものの、多くの方に届かないというのは、勿体無いと感じていました。
こういう形で、多くの方に受講いただき、それを知識のアップデートに活かしてもらえるのであれば、大変有難いことだと考えています。

 

イマドキの言葉で言えば、「中国茶講座のサブスク」ということになるかと思いますが、これが多少の問題の解決策になることを願っています。

 

次回は11月16日の更新を予定しています。

 

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