中国には茶藝師という国家資格があることは、日本でもかなり知られるようになってきました。
が、日本で知られるようになった過程では、ややもすると資格ビジネスのような印象で採りあげられることも多く、いささか本来の意味とはかけ離れて捉える方もいるようです。

また、茶藝師という職業が公的に定められたのは1999年のことですが、それ以降に中国の茶業は急速に発展し、その位置づけや解釈も少しずつ変わりつつあります。
このあたりの変化も含めて、少し整理してみたいと思います。

日本では「資格」のイメージが先行

茶藝師は、1999年に『中華人民共和国職業分類大典』に掲載され、正式な「職業」として国に認められるようになりました。
あわせて『茶藝師国家職業標準』が定められて、一級(高級茶藝技師)~五級(初級茶藝師)までの階層に分け、国家職業資格制度がスタートしています。

日本国内でも、中国茶専門店や中国茶の講師をされる方々が、中国側の資格発行団体と連携することで日本人向けの講座を開講するなどし、日本人の資格取得者も増え始めます。
2004年には特定非営利活動法人日本中国茶芸師協会の設立申請がなされる(認証は2005年)など、取得者の数はどんどん増えていきます。
中国茶教室などを運営する中国茶販売店などが資格取得講座のPRに務めた結果、2006年頃までには茶藝師資格は、中国茶に関心のある方の中ではメジャーな資格になっていきます。

この時期は、ちょうど日本企業の中国進出が進んだ時期でもありました。
2013年までは中国の在留邦人数は右肩上がりで伸びており、北京や上海などの大都市には日本人向けの中国茶教室もいくつかありました。
そうした教室の1つのコースとして、「国家資格」の取得コースも設けられており、一通り勉強された方が「せっかく学んだのであれば、形となるものを」ということからか、茶藝師資格を取得されるケースも多くあったようです。

ざっとした概算でも、日本国内のいくつかの機関で取得された方と現地で取得された方を合わせれば、日本人の茶藝師資格保有者数は1000名以上は確実にいると思われます。
ある意味、非常にポピュラーな中国茶に関する資格です。

日本においては、茶藝師は「資格」という側面がクローズアップされた結果、茶業者や一部の愛好家からは、ネガティブな捉え方をする向きも見られました。
たとえば、よくある指摘としては以下のようなものです。

1.茶藝師というのは、長いヤカンなどを使い曲芸のようなお茶の淹れ方をする人である
2.お金を出して講座に参加すれば、必ずもらえる資格である
3.中国の労働資格であって、日本人が取得しても意味は無い
4.中国の機関にコネクションのある一部の事業者が行っている資格ビジネスである
5.お茶を淹れる技術については、茶藝師の資格は関係無い

1については、中国茶藝に対する全くの誤解です。
茶藝師の行う茶藝は、そのようなものではありません。
「日本人の飲むお茶は全て抹茶だ。みんな茶筅で点てて飲んでいる」と表現するのと同じくらいナンセンスなことです。

2について言えば、不合格者が少ないことや一部の中国人向けクラスの情報に基づく推測であると思われます。
不合格者数が少ないのは、講座の主催団体が徹底的に補習や追試などを行って、受講者を合格水準まで必死に後押しすることが多いためです。
言葉の問題もあるため、試験自体が主催団体が関与する(翻訳等を行う)形で実施するため、このようなスタイルになるのは、致し方ないところだと思います。

3と4については、指摘は全くその通りだと思われます。
が、茶藝師の優れているところは、中国側の用意する体系的な教材やカリキュラムで学べるところにあります。
日本側に、豊富な学習教材や網羅的かつ専門的に記述した文献、テキストが無い以上、学ぶ手段として中国側の資格養成講座を活用するのは、十分理に適った方法だと思われます。
資格の取得が主目的ではなく、あくまで学ぶための手段であると割り切って受講するのであれば、一概に否定することはできません。

5についても、これは間違いありません。
短期集中型の講座で付け焼き刃的に勉強した人よりも、常日頃から意識してお茶を淹れている人の方が上手に淹れられることは当然でしょう。
本来、中国側の設計では、職業資格であることから数年の実務経験を経た上で無いと、上位の資格や取得講座に進めないことになっています。
が、日本人の場合は、実務経験を積めるような環境が整っていないため、講座の主催団体や中国茶教室の方で、実務経験相当であるという形で推薦を行うなどの方法で、上位資格の取得講座に進級させてしまうケースがほとんどです。
このため、実務経験を積んでいる茶業関係者の方が、有資格者よりも高い技術があるケースも多く、そうなると資格を振り回す方を苦々しく見ることもあるでしょう。

このようなことから、茶藝師という資格を疑問視し、茶藝師という職業自体についても否定的に見る茶業関係者や愛好家も存在します。
しかし、これは茶藝師を資格という一側面しか見ていない批判であり、茶藝師そのものを十分理解したことにはならないと感じます。

茶藝師とは、茶の価値を高める「職業」である

そもそもの話に立ち戻りますと、茶藝師というのは1つの職業です。
職業であるからには、そこには職業として担うべき役割と果たすべき職責があります。
茶藝師の職責とは一体何なのでしょうか?

日本において茶藝師は一般的には「茶館の従業員であり、お茶をサーブする人」という位置づけで捉えられています。
どちらかというと”作業者”という捉え方をしている方が多いと思います。
それゆえに、”お茶を上手に淹れる、美味しく淹れる”ということこそが、茶藝師の存在価値であり、そこを追究している人だと考えている方も多いのではないかと思います。

これは実は非常に初期の発想であって、現在、職業意識の高い茶藝師の方はもう少し違った形で捉えていますし、茶業界も茶藝師への期待は違うところに置いています。

お茶というのは生葉が摘まれてから、加工、流通、販売などを通じて、最終的に茶藝師を経由してお客さんの口へと入っていきます。
それぞれの工程においては、その道のプロフェッショナルの人々が専門知識や技術を持って生産・流通にあたり、単なる植物の葉に過ぎないものに手を加え、価値を生み出していきます。
そうしたプロフェッショナルな仕事の積み重ねとして、最終的な製品である茶に価格がつき、それを最終消費者が購入するのです。
このように何らかの商品が各工程において、付加価値が加わっていくという繋がりのことを、経済用語では価値連鎖(バリュー・チェーン)と言います。

その最終工程にある茶藝師が、最終顧客に対して提供する際に、より高い付加価値を提供することができれば、お茶の価値は当然高まります。
たとえば、ただ殺風景な雰囲気のところで、黙々とお茶を淹れるのではなく、より美的なセンスに溢れた空間・雰囲気を作り上げ、そのお茶の来歴や文化的な背景、歴史などをお客さんの興味・関心を惹くような形でプレゼンテーションし、とっておきの一杯として提供するのであれば、お客さんの満足度はきわめて高くなるでしょう。
そうなれば、お茶の価格設定は原価に人件費と店の経費を加えた額ではなく、もう少し高い価格を払っても全く惜しくない、と顧客は感じるはずです。
このような効果を生み出すことこそが、茶藝師の仕事です。

サービスのプロフェッショナルとして、自身の持つ知識や技術、センスを用いて、より高い付加価値を生み出す。
これは茶業界全体で考えれば、茶藝師という存在があることによって、お茶の価値を高めることになります。
その高めた分の付加価値を、茶藝師だけが享受するのではなく茶業界全体でシェアするのであれば、たとえば生産者に入ってくる収入の増加という形で現れます。
このことによって、生産者の意欲は増し、より良いお茶を作ろうという活力になるかもしれません。

茶藝師というのは、目の前のお客様はもちろんですが、茶業界全体に対しての貢献も職責として負っています。
ゆえに、茶藝師は自らの知識、見識、技術を高めるとともに、顧客とのコミュニケーション能力なども磨き、お茶の本来あるべき価値を発揮させるとともにより高める努力をすること。さらには、お茶の魅力をより広く伝えるように努力することが、本来の姿です。
このような活動を通じて、お茶の価値を高め(端的に言えばお客様にお支払いいただく価格を自らのサービス技術で引き上げる)、生産者などの茶業に携わる人々に貢献していく仕事です。
これが本質だとすれば、現在、日本国内で茶藝師に寄せられる批判の多くは、その職責についての無理解に起因するものです。

よく、評茶員のことを、中国茶のソムリエとして紹介されるケースがあります。
が、ソムリエの職責とサービスのプロフェッショナルという立場を重視するならば、茶藝師の方がソムリエに近い役割を果たしていると感じます。
このあたりのイメージが日本で違って伝わっていることも、日本で茶藝師の職責が今ひとつ理解されていないことの証左かもしれません。

 

次回は8月20日の更新を予定しています。