第42回:明前、雨前というけれど

今年は少し早めに新茶がスタート

穀雨を挟んで1週間ほど、中国に出かけてきました。
ここ3~4年ほど、定点観測をするという意味からも、毎年ルートは違うものの、ほぼ同じ場所(杭州と上海)を同じ時期に回っています。

今年は、冬の寒さは厳しかったようですが、春先の温度は高く、全般的に茶摘みがやや早く推移したようです。
そのためか、例年では穀雨を過ぎないと出揃わない安徽省の緑茶(太平猴魁や六安瓜片など)も、きちんと全部揃う年でした。
安徽省のお茶を扱う馴染みの茶商からは、「今年は本当に良いタイミングに来たね」と言われ、ベストタイミングだったように思います。

しかし、安吉白茶や龍井を扱う茶農家・茶商からは、「今年も来るのが遅いよ」と言われることが多々ありました。
実際、梅家塢などの一級保護区にある龍井茶の茶畑は、霜害の影響もあるとは思いますが、穀雨前に既に刈り込まれてしまっており、高品質なお茶の製茶シーズンは、ほぼ終わっていた状況でした。

”雨前茶”は、杭州あたりでは、もはや死語に近い

日本では、中国緑茶のシーズンを語る際に、「清明節より前のお茶を”明前茶”と呼び、珍重される」とされます。
ここまでは、杭州や安吉などの浙江省の緑茶産地で、今でもどうにか通用します。

問題は、次です。
「穀雨(中国語では”谷雨”と記述)より前のお茶を”雨前茶”と呼び、明前茶よりも味わいが、しっかりしている」
「それより後のお茶は雨後茶と呼ばれ、手頃である」
というあたりについては、現地ではあまり通用しなくなっていると思います。

清明節を過ぎたお茶については、現地の方に話を聞くと、ほとんどの人が清明節を基準にして”明後”という表現を用い、”雨前”という表現をほぼ用いません。
例年の状況を見ていても、杭州の近辺では、穀雨は今や製茶の終わりの時期という位置づけになっています。それより少し前のお茶と言われても、全くありがたがる人はいません。
よって、清明節をほんの少し過ぎた程度、という意味合いから、”明後”という表現をより好んで用いるのだろうと思います。

実際のところ、今年は清明節前に摘まれた明前のお茶とされているものでも、かなり大きく伸びきったお茶も多く見られました。
今年の3月末、杭州では30度近い気温を記録することもあったそうで、そうした暑さを考えれば、この現象は納得の行くものです。

ある茶農家によれば、「龍井茶は気温が25度を超えてしまったら、芽が急速に伸びすぎてしまって、とても高級品にはならない」とのことでした。
実際、同産地の龍井43号、3月28日摘みと4月1日摘みのお茶を購入して飲みくらべてみましたが、気温の上昇が続いた後の4月1日摘みのお茶と3月28日摘みの差は歴然としていました。
数日でここまで品質に影響が出るとなれば、緑茶が「一日一価(一天一价)」と呼ばれたり、「早ければ宝、遅ければ草」と言われる理由も良く分かります。

 

原因は温暖化というよりも品種?

明前の終わりの方のお茶が、雨前茶に似たような出来になるなど、本来のシーズンよりは10日ぐらい前倒しに茶季が動いているように思われます。

これを「地球温暖化による影響・・・」というふうに片付けてしまうこともできるのでしょうが、それ以上に大きいのは品種によるものではないかと思います。

ここ数年の西湖龍井茶の動向を見ていると、地元の在来種である龍井群体種(老茶樹)の茶摘みは、例年3月末(28日頃)に始まるのが一般的です。
昔から作られてきたであろう在来種のお茶に限ってみれば、茶摘み開始から、清明節までは1週間前後の期間しかありません。
茶摘み開始から清明節までの期間に摘み取られるお茶は、当然少なくなりますし、1週間という短い期間であれば生育状況は比較的近く、どのお茶も小さな芽の状態で摘まれていたであろうことは、容易に想像できます。

しかし、最近の主力になりつつある、早生品種である龍井43号の茶摘みは、例年3月20日前後に始まっています。1週間~10日程度早いのです。
西湖区でも場所によっては清明節どころか、春分よりも前(分前)にも収穫が始まることがあるほどです。
そうなると、清明節までは2週間あまりの期間がありますから、かなり多くの量のお茶を摘むことができます。
そして、春先の成長期に2週間もの幅があるとなれば、当然、お茶の生育の状況は最初の頃と終わりの方では全く異なります。
同じ”明前茶”という名前であっても、後半に出てくるお茶については、かつての”雨前茶”に似通った品質のものが多くあるのは、必然でしょう。

 

常識のアップデートが必要

龍井43号のような品種茶の栽培が本格化したのは、1990年代以降だと現地の茶農家は話していました。
茶樹は植えてから本格的に産量が増えてくるまでには、5~10年の時間がかかります。

日本で多くの中国茶関連の書籍が書かれた時期は、2000年前後。
その知識の元になっているのは、その少し前の情報でしょうから、在来種基準のお茶のシーズン感であったのだろうと思います。

しかし、その当時の記述が、今もなお日本における中国茶の「常識」となっているわけですから、現在の生産事情との乖離が起きているのも理解できます。
刻一刻と姿を変え、急成長を遂げている中国茶ですから、20年前の常識が通用しないのは、ある意味当然かもしれません。

 

次回は5月10日の更新を予定しています。

 

※文中でご紹介した、摘み期の違う龍井茶の比較のほか、今年の新茶を飲みくらべるイベントがスタートします。
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