第179回:物価上昇も茶葉の値段は上がらない台湾

台湾に出張中。物価は確実に上がっている

先日から台湾に来ております。
コロナ禍での中断を挟んで、2回目の訪問です。
訪問の目的は主に”現地視察会”の準備のためですが、いくつか茶業者のところも回っています。

さて、今回の滞在は以前来た時よりも、物価上昇を強く感じる滞在になっています。
円安(1元が約4.5円が約5円に)の影響が大きいのですが、物価全体が様々な理由で上昇している感があります。

たとえば、台北のホテル。
以前であれば、リーズナブルな宿は1泊1万円以下で多数見つかったのですが、今はほぼありません。
あったとしても、ドミトリーか古いホテル、非常に狭いホテルのいずれかです。
また、コロナ禍で設備投資の低い宿泊特化型ホテル(雑居ビルの中間フロアを借りて営業する形態)の多くが廃業してしまったことも大きいようです。
結果、日本の感覚でいう普通のビジネスホテルのランクでも、1万2千円~となり、それなりに快適なホテルに泊まろうとすると、2万円台が普通になっています。
日本に外国人観光客が殺到している理由も、これだけで分かる気がします。

また、食品関係の値上げも大きくなっています。
コンビニなどに並んでいる様々な食料品も、以前より1~2割程度は上がった感覚を受けます。
非常に有名な牛肉麺の店に約12年ぶりに訪れたのですが、この間の価格を比較すると、物価上昇がとても良く理解できました。
12年前、馴染みの茶葉店の方々から「美味いけど少し高いぞ」と紹介されて訪問したのですが、牛肉麺(大)が160元でした。

2012年の価格表

その当時は160元でやや割高という印象だったようです。

この店は再開発で移転し、2018年、2019年にミシュランのビブグルマンを獲得したそうで、さらに大変な行列店になっていました。
2024年3月の価格表は以下の通りです。

2024年の価格表

同じ牛肉麺(大)は1杯250元と約1.5倍に値上がりしています。
Googleマップのクチコミ投稿を見ると、1年前は230元、2年前までは200元での営業だったようで、ここのところハイペースに値上げをしています。
これは、昨今の小麦高や世界的な物価高の影響もあるのだろうと思います。
なお、味は変わらず美味しかったです。

デフレが長く続いた日本に住んでいると、このような値上げは法外な値上げのように見えてしまうかもしれません。
しかし、ここのお店が特別に値上げをしているわけではありません。
通常通りの経済成長が行われ、人件費や諸々の物価上昇などを考えると、このくらいの価格に段階的に値上げしていくのが、おそらく正常なのです。
※もっとも、交通費などの公共料金に関しては、政府のコントロールも効いているのか、そこまで大幅な値上げにはなっていません(悠遊カードの一律2割引は2020年に終了)。

 

しかし、茶葉の値段は変わらない

ところが、茶葉の値段はほとんど変わりがありません。
これはここ数年だけの話では無く、台湾茶に関しては2000年代からほとんど変化を感じられません。

老舗茶葉店のプライスは変わらない

 

大手の茶問屋に行くと、缶の上に書かれている値段はいつもと変わりがありません。
もちろん、中身に少し変化はあり、安い価格帯のものは台湾産では無く、輸入品(ベトナム産等)に切り替わっています。
一定の価格以上のものは台湾産を維持してはいますが、その品質については、きわめて緩やかに年々低下している・・・という感があります。

では、ランクを上げれば、以前と同じ品質になるか?というと、そういうわけでもありません。
様々な生産現場などを見せていただくと、量産を前提とした茶葉の製造工程には、大きな変化(過剰なコストダウン)が起こっています。
そのため、「これはもはや元には戻らないのだろうな・・・」という印象があります。

これは問屋系だけの話ではありません。
生産者のところへ訪問しても、多くの生産者は今まで通りの価格で販売しています。
小売店でも、ごく一部の小売店はパッケージの刷新などで価格を引き上げる努力をしていますが、簡易包装をする小売店の値段はほぼ変わっていません。

これは経済原則から考えると、非常に不思議なことです。
物価高は今や全ての経済活動に影響を与えており、それから茶業者だけが逃れられるわけはありません。

全体的に物価高が起こる中で、以前と同じ価格を維持するというのは、

・薄利多売の方針に切り替え、価格は同じでも販売数量が増えるから、増収が確保できている
・物価上昇を上回るだけのコストダウンが企業努力によって実現できている

のいずれかしか、経済的に理に適うことは、あり得ません。
販売数量が増えることは、現在の台湾の状況(低価格帯のお茶は輸入茶が席巻。高級茶需要は大きくない)からすると、考えづらいことです。
コストダウンは既に限界に達しているので、急激な物価上昇ペースを上回るほどのコストダウンは難しいでしょう。
しかし、もう一つの方法があります。

・将来への投資費用や人件費の適正な引き上げを行わずに価格を維持する

という方法です。

どうも、現在の台湾の茶業界はこちらの方に進んでいるような気がしてなりません。

結果的に、2つの方向性が出て来ます。

1つは、老朽化した古い工場や減価償却がとうの昔に終わった設備を使い、年金受給などで最低限の生活が保障されている高齢の茶農家が生産するケース。
このような事業体では、「(儲からないので)子どもたちには、とても継がせられない・・・」という話になるわけです。

もう1つは徹底的にコストダウンをして、大量生産を行う方法です。
工場稼働率を極限まで高めることができれば、低コストでの生産が可能です。
しかし、この場合は、本来掛けるべき手間やコストを掛けることが困難になります。
結果、茶葉の品質の低下は確実に起こります。

たぶん、この2つが多くの茶葉の値段が上がらなくとも供給されている理由でしょう。
前者であれば、品質はある程度確保されるかもしれませんが、年金受給者の方が現役でいる限り出来る話であって、次代には繋がらず、持続可能性はありません。
後者であれば、現在は何とかなっていますが、既に”乾いた雑巾を絞る”ようにコストダウンはやり尽くしていますから、これ以上の物価上昇には耐えられそうもありません。
もしなんとかしようとすれば、品質の低下からは免れられません。なにより、茶摘みのコストダウンは難しく、どこかで破綻してしまいそうです。

 

何故価格が上げられないのか?

このような事情が分かってくると、当然、「値段を上げれば良いのでは?」という話になります。

ところが、これに関しては台湾の茶業界はどういうわけか消極的です。

・台湾では昔から「奉茶」という道行く人にお茶を振る舞う習慣があった
・茶というの葉庶民の飲み物であり、値段は高くてはいけない

というようなことを声高に訴える茶業者(特に年配層)は多いものです。

昔の台湾の庶民の茶器(坪林茶業博物館)

 

実はこの主張は正しいようでいて、違っていることもあります。
確かに台湾にはお茶を日常的に飲んでいた人たちもいたのですが、それは茶の生産や流通に携わっていた人たちに限られます。
都市部に住んでいる人たちには、喫茶の習慣はそんなに根付いていたわけではありません。

1970年代、輸出依存型だった台湾の茶業を内需中心に転換する際、この人たちをどうにか取り込むことを意図したものが、茶の淹れ方・楽しみ方を文化的な境地に高めた”茶藝”であり、その体験型ショールームとなった”茶藝館”です。
敢えて卑近な言葉を用いれば、”お茶を飲むことはイケている”というイメージを醸成することによって、都市部の人たちが茶を飲むようになりました。
そこに凍頂烏龍茶や高山烏龍茶のようなヒット商品が続くことで、内需型の茶葉市場が形成されたのです。

ところが、その当時、”イケていた”ものというのは、下の世代には古臭く映るものです。
その結果、”茶藝館”等は既に下火になってしまっています。

代わりに出てきたのが、モダンなカフェ風の茶館やタピオカミルクティーが象徴的なティースタンドのスタイルです。
しかし、カフェスタイルの店舗は、客単価・客席回転率ともに高くなく、収益化の難しいビジネス(※)です。
※両親が子どもたちに世間体の良い商売をさせるために、就業のモラトリアム的に開いているケースも多く、長続きしない。

ティースタンドは、小資本で参入できることや回転率の高さから、有望な事業体ではあります。
しかし、そこで求められるのはより低コストな茶葉です。
2000年代以降、ベトナムやスリランカなどの低コストな輸入茶が低価格帯の市場が急伸しているのは、このような流れによるものです。

本来であれば、台湾産の茶葉は高価格帯にシフトし、適切な利益を確保して、将来への投資をして行くべきなのですが・・・
1970年代、茶を広めるために作った、日常茶という”おとぎ話”に茶業界自身が縛られているのかもしれません。

 

価格を引き上げて成功している例もある

しかしながら、価格を引き上げて成功しているものもあります。

たとえば、紅玉(台茶18号)は、今までに無い紅茶であるということや、921大地震で大きな被害を受けた南投県の復興も考慮に入れ、従来の台湾紅茶よりも高価格帯で売り出されました。
これをきっかけに、南投県魚池郷などでは、地元にUターンで戻ってくる若者が観光茶園を開くなどして、紅茶産業で食べることが出来るようになっています。

「紅茶は高値で売れる」という実績を作ったことにより、台湾各地で紅茶の生産が増えています。
蜜香紅茶が成功したのも、このベースがあったからこそです。

また、東方美人茶は台湾茶の中でも例外的に価格が上昇し続けている茶種です。
これは特に桃園・新竹・苗栗等の客家系の茶農家に多いのですが、彼らは自分で生産したお茶を卸売業者・茶問屋を通して、市場に流すのでは無く、自分たちで売り切る方策を採っています。
このことにより、価格設定の自由度を手に入れています。

私が長年、交流を続けている東方美人の茶農家は、工場に最新鋭の設備をどんどん導入したり、自社茶園を新たに開発するなど、積極的な投資を続けています。
茶摘みの水準を高くキープするために茶摘み人への給与なども高値で推移させていますし、パッケージも洗練されたデザインに更新し続けています。
積極投資を行っているため、年々茶葉の値段は上がっているのですが、品質を確実にキープしていて、常に新しい驚きを与えてくれますから、顧客もついてきています。
このような好循環に入っているからか、子どもたちも、きちんと後を継ぎ、立派に事業の切り盛りをするようになっています。
家業を継ぐのは当然という思いもあるのでしょうが、それ以上に”この事業で明るい将来設計が描ける”というのが彼らの決断の後押しになっているのは間違いありません。

もっとも、これらのお茶の価格引き上げが可能だったのは、台湾茶のメインストリーム(半球型包種茶)では無かったからなのかもしれません。
しかし、そこでの成功体験を、ぜひ横展開して、半球型包種茶にも広げて欲しいものです。

かつて言われたような”物価の優等生”というのは、もはや美徳ではありません。
目の前の購買者を逃すことを怖れて、やせ我慢をして値上げを見送ることは誰も幸せにはしません。
むしろ、将来を見越して、適正な利益を確保するための値上げを断行し、携わる人に明るい未来を見せられるかどうか。
今後、事業のトップに立つ人には、そこが問われていくのだろうと思います。

 

次回は3月16日の更新を予定しています。

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