「値段が高い=美味しいのか?」という素朴な疑問

台湾へ旅行に出かけるという方から、現地でお茶を買うときの相談受けることがあります。
その中には、普段、日本にいるときはお茶を買わない、という人もいます。

普段買わない人が、海外に行くとお茶を買うというのは不思議な気もしますが、海外旅行というのはそういうものです。
こういうふとしたきっかけから、お茶の面白さに目覚める方も多くいるのです。
邪険に扱うことはまったくできません。

色々とお話ししていると、「やはり、お値段が高いお茶は美味しいんですか」という質問があります。
「ええ、だから高いんですよ」と簡単に言い切れれば良いのですが・・・

生産の内情や「美味しい」という主観的な言葉の怖さを知っていると、そうもハッキリ言い切れなかったりもします。

 

お茶の価格はコストの総和

まず、お茶の価格は大体がコストを積み上げて計算されたものです。

たとえば、機械摘みのお茶と手摘みのお茶の値段が違うのは、コストが違うからです。
機械であれば、一人で大量の茶葉を摘むことができますが、手摘みであれば、収穫できる量は微々たる量です。
その労働生産性の違いは、当然お値段に跳ね返ります。
手摘みのお茶が、機械摘みの数倍、十数倍・・・となるのは、それだけ労働生産性に違いがあるからです。
製茶を手でやるか機械でやるか、も労働生産性の違いがあるので、当然、機械生産の方が安くなります。

では、必ず手摘みのお茶、手作りのお茶の方が美味しいのか?と言われると、そうとも限りません。
極端な話、一番茶を丁寧に機械で摘んで、熟練の茶師が機械を用いて製茶したものと、シーズン外れのお茶を素人が手摘みし、見よう見真似で作ったものであれば、品質は前者の方がはるかに高いでしょう。後者がいかにコストが高かったとしても、です。
この例は極端なものですが、機械を上手に活用するなどでコストを抑えながらも、品質をきちんと確保したコストパフォーマンスに優れるお茶もあるのです。

製造現場のみならず、販売にもコストがかかります。
農家が飾り気の無い雰囲気で生産直売をしているものと激安ツアーで連れて行かれるお茶屋さんでは、当然コストが違います。
前者は、原価を回収し、きちんと生活ができる程度の利益が出れば良いと考えるでしょうが、後者は売上の半分をバックマージンで旅行会社に落とす、などの費用があれば、それもまた”コスト”です。
後者のお茶は、いくら値段が高くても、それは品質を表すものではありません。

 

「価格が高いものは、品質が高くなければ売れない」のも、また事実

では、「価格は品質を代表することに全くならないのか」というと、実はそうとも言い切れません。

お値段が高いということは、買い手は当然その金額に見合った価値が無いと、購入しようとは思わないからです。
「その値付けをするからには、それなりの品質だよね?」という、コストを掛けたのに見合うだけの品質の高さが無ければ、本来、取引は成立しません。
品質と価格のバランスについては、概ね茶業者の間ではコストと市場動向に基づいた”相場”が存在し、一般的な商品であれば、それに沿った形で値付けが行われることがほとんどです。

相場通りの値段のお茶ならば、全て良いのかというと、これも一概には言えません。
お茶は農産品であり、工芸品的な要素も持ち合わせたものだからです。

同一の産地・エリアであったとしても、天候や生育状況は畑によっても、日によっても全く違います。
当然、出来上がるお茶の品質には違いが生まれます。
同じようなコストがかかっているにも関わらず、です。

また、製茶が上手く行ったかどうか、茶師の腕という部分も、当然品質に影響を与えます。
ゆえに、相場通りの価格で農家が売りに出していたとしても、生産ロットごとに、それぞれの品質にはブレが生じるのです。
同一の価格=同一品質ではないというのが、お茶の難しいところです。

 

品質を判断し、適切なものを仕入れる(あるいは加工する)のが茶商

お茶の品質というのは、様々な条件や繊細な要因で変わるものです。
ゆえに生産者から適切なものを選んで購入するというのは、実にプロフェッショナルな仕事になります。

それを専門知識と技術を駆使して行い、さらにはブレンドや焙煎などの技術を用いて、安定かつ適切な品質を維持するのが、本来の意味での「茶商」です。
決して物を右から左に流してマージンを稼ぐ人ではありません。

日本では、「価格破壊」の影響からか、中間マージン=悪という構図になっていますが、本来、茶商とはこのような役回りのものです。
茶商の適切なフィルターがかかることで、お茶という製品は安定し、個性がより分かりやすいものになります。
当然、茶商はお得意先を抱えているものなので、その得意先の要望に長年応じているうちに、得意分野であったり、扱うお茶に特定の傾向などがある場合もあります。

結局、「(技術や知識が豊富で)信頼が置けて、好みの合うお店に行くのが一番ですね」という、良くありがちなアドバイスになってしまうのですが、品質の良し悪しを見極める技術や交渉技術、仕入れルートを持たない一般消費者にとっては、実際これしか無いのです。

 

「高品質=美味しい」では無い

さらに厄介なのが、「品質が高い=美味しい」では無い、という事実です。
信頼の置けるお店で、お値段の高いお茶を買えば、それはほぼ「高品質」なお茶であるはずですが、それが必ずしも口に合うとは限りません。

実際、これは私も経験があり、教訓としています。

以前、お土産用に台湾で安い機械摘みの四季春と値段の高い手摘みの高山茶を買ってきて、広くバラ撒いたことがあったのですが、意に反して、値段が遙かに安い四季春の方が圧倒的に評判が良かったのです。
値段は数倍違うのですが、口の中にパッと広がる香りのインパクトは四季春の方が圧倒的に強かったためです。
高山茶の喉からこみ上げてくるような余韻や戻りの甘みというのは、ある程度、お茶を飲みつけた方でないと理解してもらいにくいのです。

つまり、その人に合った美味しさを判断して、それに見合うお茶をぶつけないと「美味しい」とは感じてもらえないのです。
どういうお茶を好みと感じるか、それが分からない以上、値段が高いのを買えば間違いないですよ、とは言えないのです。

 

初心者の素朴な疑問ほど、回答が難しいものはありません。

 

7月10日は海外出張中のため、次回は7月20日の更新を予定しています。