第127回:お茶の分類と発酵度が結びついた理由

お茶の理解を根本的に妨げる”六大分類は発酵度の違い”という説

ありとあらゆるところで、再三再四、訴えているのですが、なかなか日本国内から消え去らない中国茶の誤った常識の一つに、”六大分類は発酵度の違い”というものがあります。

個人的には、この誤った常識が中国茶の理解というよりも、チャノキから作るお茶そのものの理解を妨げている元凶だと感じています。
この考え方から出てくる表現として、

緑茶は不発酵茶で、烏龍茶は半発酵茶で、紅茶は全発酵茶。
白茶は微発酵茶で、黄茶は弱後発酵茶で、黒茶は後発酵茶。

という、呪文のような言葉を覚えることになります。
そして、九九のように暗記するこの内容や「お茶の発酵度順に並べた図」などが、中国茶あるいはお茶全般の初学者を大いに困惑させることになります。

一番典型的なのは、ダージリンのファーストフラッシュでしょう。

ダージリンのファーストフラッシュ

緑色をしたこのお茶は、世界的にも紅茶として認められて流通しているものですが、どう見ても”全発酵”しているようには思えません。
実際お茶を淹れてみても、紅くはなく緑がかった色をしています。

先に挙げた”六大分類は発酵度の違い”なる定義らしきものに当てはめると、「全発酵をしていないなら、半発酵茶にでも分類するべきなのか?」となります。
そこで「ダージリンのファーストフラッシュは紅茶と言っているが、実は烏龍茶である!」などという珍説が飛び交うことになります。

仮にそうだとしたら、ダージリンのファーストフラッシュだけは、紅茶の関税ではなく烏龍茶の関税で輸入されなければなりません。
正味重量が3kg以下の小分けパッケージであれば、紅茶のWTO協定税率12%ではなく、それ以外の発酵茶のWTO協定税率17%を適用すべきです。
5%の関税がごまかされているのだとしたら由々しき事態ではないですか。

しかし、現実は紅茶として輸入され、流通しています。
なぜなら、国際標準化機構(ISO)が提示する紅茶の規格基準でも紅茶と認められているからです。
世界的にも、そう認められているものを「実は違うんですよ」と話をするのは、いわゆる陰謀論と変わりません。

あるいは、非常に発酵程度の軽い安渓鉄観音や文山包種茶のような烏龍茶と、紅茶のような水色をした寝かせた白茶。
半発酵茶である烏龍茶の方が、微発酵茶であるはずの白茶よりも発酵度が高くても良いのだろうか?という疑問が浮かびます。

また突き詰めて勉強をして行くと、「白茶と黄茶ではどちらの方が発酵度が高いのか?」というような、本来の定義を知っていれば、全く意味の無い疑問まで浮かんできます。

”六大分類は発酵度の違い”説を支持する方は、「その方が直観的で分かりやすいではないか」と仰るのですが、やはり間違いは間違いです。
国際標準化機構が採用するなど、世界的にも認められており、本来の提唱者である陳椽教授の説に基づき、「六大分類は製造方法の違い」という点に立ち戻るべきだと思います。
世界の規格はそのようになっているのですから、それ以外の説を唱える方が、物事を分かりづらく、複雑にしてしまっています。

”六大分類は発酵度の違い”説は、どこから来たか?

そもそも、なぜこのような本来とは違う説が日本では支配的になってしまったのでしょうか?
日本人のどなたかが、このような説を打ち立てたのでしょうか?

このあたりの原因は、正直、特定ができるものでは無いのですが、状況証拠的には、台湾の茶業関係者からの受け売りでこの考えが広まったのでは無いかと思われます。
なぜなら、台湾では現在も変わらず、この”六大分類は発酵度の違い”説を公的に支持しているからです。
また、現代的な中国茶が日本に入ってきた時期(日中国交正常化の1970年代以降)は、中国と日本の茶業関係者のコミュニケーションは決して潤滑なものではありませんでした。
むしろ日本語世代の方が健在であった台湾の方が烏龍茶等の情報を得やすかったと思われます。
当時は、中国側の規格基準も今ひとつしっかりしていなかった時代でしたから、台湾側の一見もっともらしく聞こえる解説は、受け入れやすかったのでは無いかと思います。

 

台湾の茶業改良場が説明している内容

台湾で公的な茶業機関といえば、台湾の行政院農業委員会に属している茶業改良場がまず挙げられるでしょう。
そのWebサイトには、「臺灣特色茶分類及加工製程簡介」というページがあり、茶の分類についても述べられています。
それを引用して、翻訳してみます。
https://www.tres.gov.tw/ws.php?id=3741

一、茶葉加工製程簡介
1.茶葉の加工製造工程の簡単な紹介

茶葉因生產加工程序及製程後茶葉品質特性差異,主要可分為兩種系統:(一)依照茶葉製程加工中茶葉發酵氧化程度區分:不發酵茶、部分發酵茶、全發酵茶。(二)依照茶葉成品外觀色澤及湯色可分為:綠茶、黃茶、白茶、青茶、紅茶及黑茶。
茶葉は生産加工の順序と製茶工程後の茶葉の品質特性の差により、主に2つの系統に分けることができます。(1)茶葉の製造工程の茶葉の発酵酸化程度による区分:不発酵茶、部分発酵茶、全発酵茶。(2)茶葉の製品の外観の色沢および湯色により分けることができる:緑茶、黄茶、白茶、青茶、紅茶および黒茶。

と、このように明記されています。

ここで書かれている内容は、日本の書籍などで一部書かれているものと極めて近しい部分がいくつかあることに気づかれるでしょう。
”半発酵茶”ではなく、”部分発酵茶”という表現を使うのが台湾らしいところです。

茶業改良場のWebサイトでは、このあと、発酵程度の違い(不発酵茶、部分発酵茶、全発酵茶)について言及しています。

(一)不同發酵程度茶葉加工
(1)発酵程度の異なる茶葉加工

加工製程中茶菁會萎凋失水,經攪拌揉捻造成葉片組織破壞,進一步使茶葉內化學成分氧化,主要包括茶葉中兒茶素等多酚類,經多酚氧化酶(Polyphenol oxidase)與過氧化酶(Peroxidase)等反應氧化,因此茶葉可因製程不同所造成氧化程度之不同,區分成:不發酵茶、部分發酵茶及全發酵茶。
加工工程中に茶の生葉は萎凋して水を失い、攪拌揉捻を通じて葉の組織が破壊され、茶葉の内部で化学成分の酸化が進みます。主には茶葉の中のカテキンなどのポリフェノール類が、ポリフェノールオキシダーゼとペルオキシダーゼなどの反応によって酸化し、このために茶葉は製造工程の違いにより、酸化程度に違いが生じ、区分ができます。すなわち、不発酵茶、部分発酵茶および全発酵茶です。

1. 不發酵茶:
1.不発酵茶:

一般製程為茶菁直接經殺菁,破壞茶葉內之酵素活性,而抑制酵素氧化作用。不發酵茶主要以綠茶為主,臺灣綠茶產地以北部為主要產區,如碧螺春及龍井等,以條形為主,少數為片狀。綠茶為當天現採,茶菁略微萎凋失水後,直接以高溫進行短時間殺菁,抑制酵素活性,防止茶葉氧化反應,因此顏色多呈現鮮綠色。
一般の製造工程は生葉を直接殺青して、茶葉内の酵素の活性を破壊し、酵素による酸化作用を抑制します。不発酵茶の主要なものは緑茶が主で、台湾の緑茶産地は北部を主要産地とし、碧螺春および龍井などのようなもので、条形が主で、少数の片状のものもあります。緑茶は当日に摘み、生葉を少し萎凋させて水を失わせた後、直接高温で短時間の殺青を行い、酵素の活性を抑制し、茶葉の酸化反応を防止します。このために色は多くは鮮やかな緑色を呈します。

2. 全發酵茶:
2.全発酵茶:

茶菁經適當萎凋失去水分後,進行揉捻破壞茶葉組織使茶葉內酵素釋出,調整適當相對濕度,使酵素與茶葉內容物進行氧化反應,經足夠反應時間後,使茶葉完整發酵氧化。全發酵茶以紅茶為主,臺灣主要以中部南投為產區,以大葉種為主要生產品種,少量以小葉種產製。紅茶依最後茶葉樣態分條形及碎形兩類,在茶菁採栽後經適度萎凋,及以切碎揉碎或不切進行揉捻與解塊之製程,經揉捻與解塊反覆程序中茶葉進行發酵氧化,後續在高相對濕度下進行氧化補足反應,待形成紅茶特有香氣及色澤時,即以高溫停止酵素活性,並乾燥製成產品。
生葉を適度に萎凋させて水分を失わせたのち、揉捻で茶葉組織を破壊し茶葉内の酵素を放出させ、適度な相対湿度に調整して、酵素と茶葉の内容物に酸化反応を行わせ、十分な反応時間を経た後に、茶葉を完全に発酵酸化させる。全発酵茶は紅茶が主で、台湾では主に中部の南投が主葉酸値で、大葉種を主要な生産品種とし、少量は小葉種でも製造される。紅茶は最後の茶葉の形態により、條形と砕形の2種類に分けられ、生葉を摘採した後に適度な萎凋および切砕揉砕あるいは切らずに揉捻と玉解きを行って製造するもので、揉捻と玉解きの反復工程で茶葉は発酵酸化が進行し、その後に高い相対湿度の下で酸化の細く反応が起こり、紅茶特有の香気と色沢が形成されたら、速やかに高温で酵素の活性を停止し、乾燥させて製品とする。

3. 部分發酵茶:
3.部分発酵茶:

部分發酵茶之茶葉氧化程度介於不發酵茶與全發酵茶之間,其茶葉生產工藝變化較大。部分發酵茶首重香氣及滋味,對於茶菁品質特別要求,因此製茶過程會依照茶菁品質特性,環境溫溼度情況,製造不同特性之部分發酵茶種類。部分發酵茶種類繁多,為臺灣最主要生產的茶類,發酵程度則以茶葉中兒茶素等多酚氧化程度進行估計,將未氧化之綠茶所含之兒茶素等多酚含量定為 100%,若由發酵最淺的白茶,茶菁採栽後萎凋,其茶葉中所含兒茶素與綠茶相較尚有 90%,因此其茶葉發酵度約為 10%。接著為較低度發酵的包種茶與高山烏龍茶,經日光萎凋後,進行低度發酵,其發酵程度約為 8-25%,由於發酵度低,茶湯水色較淺,氣味清香。凍頂烏龍茶發酵程度約 25-30%、鐵觀音茶發酵程度約 40%,而東方美人茶發酵的程度則有 50-60%。部分發酵茶之產製過程,在茶菁採摘後,以日光或熱風萎凋,後續在於室內進行萎凋,於萎凋時進行均勻攪拌,其目的在於使茶葉均勻失水,在攪拌過程中促進氧化反應進行,使茶葉產生特有之色香味,此一步驟除了決定部分發酵茶的氧化程度,亦決定此部分發酵茶品質好壞的關鍵。
部分発酵茶の茶葉の酸化程度は不発酵茶と全発酵茶の間で、その茶葉生産の技術での変化は大きいです。部分発酵茶はまず香気および滋味に重きを置き、生葉の品質に特別な要求があり、このために製茶の過程では生葉の品質特性、環境温度湿度の状況に合わせて、それぞれ異なる特製の部分発酵茶の種類を製造します。部分発酵茶の種類はとても多く、台湾で最も主要に生産されている茶類であり、発酵程度は茶葉のカテキンなどのポリフェノールの酸化程度の進み具合によって測られ、未酸化の緑茶に含まれるカテキンなどのポリフェノール量を100%とすると、発酵が最も浅い緑茶は、生葉を摘採語に萎凋し、その茶葉の中に含まれるカテキンを緑茶と比較するとまだ90%あるので、このためにその茶葉の発酵度は約10%となります。つづいて比較的発酵程度が低い包種茶と高山烏龍茶は、日光萎凋の後、低度な発酵を行い、その発酵程度は8~25%で、発酵程度が低いので、茶湯の水色は比較的小さく、香りや味も清香になります。凍頂烏龍茶の発酵程度は約25~30%で、鉄観音茶の発酵程度は約40%、そして東方美人茶の発酵程度は50~60%です。部分発酵茶の製造工程は、生葉を摘採後、日光あるいは熱風で萎凋し、その後に引き続き室内で萎凋を進め、萎凋時には均等な攪拌を行います。その目的は茶葉から均等に水を失わせることで、攪拌工程で酸化反応の進行を促進し、茶葉に特有の色や香味を産み出します、この段階で部分発酵茶の酸化程度は決定され、また部分発酵茶の品質の良し悪しを決定する鍵となります。

独自の理論にこだわる背景には?

このように、台湾においては公的機関が製造方法ではなく、発酵度の違いを前面に押し出した解説をしています。
実際には製造方法についても言及しているのですが、それ以上に”発酵度”という数字を前面に押し出しているので、そちらの方が印象に残ってしまいがちです。

公的な定義に従った展示の説明(大渓老茶廠)

国際的には国際標準化機構(ISO)がお茶の定義を決めており、その定義に本来なら従うべきなのですが、なぜ台湾では、このような表記が今でも続いているのでしょうか?
これについては、政治的な問題が大きく影を落としています。

実は台湾は国際標準化機構(ISO)の加盟国ではありません。

むしろ、台湾の国名コードはISOにおいては、中国の一つの省という表記になっており、これに台湾側は猛反発して、ISOに対して訴訟を起こすほど、険悪な関係にあります。
この問題については、もう一方の当事国である中国がISOでも主要なメンバーの地位にあるため、状況は変わる見込みがありません。

このような経緯もあり、台湾では国際的な規格の導入などではなく、独自路線を歩みがちな傾向があります。
台湾では標準化が必要無いと言うことを仰る方もいるようですが、世界的な規格化の波に乗れない事情があるというのが、客観的な見方になるでしょう。

ISOとは別の道を歩むというのは、国の戦略に基づく決定なので尊重されるべきなのですが、お茶の学習をする上では、こうした独自の理論は全体像を把握するのには向きません。
インドやスリランカなどの他の茶産国は、ISOのルールに基づいて生産や輸出を行っていますから、台湾の独自理論では説明がつかなくなるのです。

より正確にお茶を理解する上では、台湾で通用している”発酵度”での区分ではなく、世界的に通用している”製法”での区分を採用した方が良いかと思います。
このあたりは、台湾経由でお茶の情報を得て、理解したつもりになっている方に知識のアップデートを行っていただきたいところです。

 

次回は9月16日の更新を予定しています。

 

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