第60回:表現者の重要性

先日、TBSテレビの『マツコの知らない世界』という番組で、「中国茶の世界」というコーナーが放送されました。
女優の風吹ジュンさんが、司会のマツコ・デラックスさんと軽妙な掛け合いをしながら、中国茶を紹介していました。
時間にして30分弱。
今回が初共演のお二人ということもあり、風吹さんのプロフィールについてのお話がかなりを占めていましたので、実際に中国茶の話をできたのは、せいぜい10分少々だったと思います。

番組をご覧になった方の中には、
「もっと突っ込んだ内容にすべきだったのでは?」
「余計な話が多くて残念」
「時間が短すぎる」
「使うお茶が高価すぎる」
等々の感想を持たれた方もいるようです。
しかし、私は、その限られた時間、そして番組の性格などを考えると、ほぼ完璧といって良いぐらいのプレゼンテーションだったと思います。

テレビ番組というもの

テレビ番組というのは、基本的に番組のコンセプトというものがあります。
朝の生活情報番組などであれば、「ご家庭ですぐに役立つ情報を」というのがコンセプトですから、身近で手軽に買えるものを使って、やり方を詳細に紹介・・・ということが可能です。

しかし、この番組は、過去の放送回などを考えると、

何かを偏愛する方をスタジオに招き、
その世界の一端(特に視聴者が驚きそうな極端なもの)を紹介してもらい、
その方の熱量の高さを遠巻きに見守るTVショー

というコンセプトだと思われます。
何かを熱く語る人々をマツコさんが上手に話を引き出し、時にはいなす姿を視聴者は楽しみにしている番組です。
プライムタイムの枠ということもあり、見た目にもインパクトのあるような演出、商品が出てくることも多いです。

そのようなコンセプトがありますから、ここでお茶のPRを行うというのは、なかなか難しい番組です。
過去に日本茶、紅茶が放送されていますが、出演者の方も、テレビ的な制約(視聴者に分かりやすいインパクトを与え、エンタメとして成立すること)の中で、なかなか苦戦されていたように感じます。

「日本茶、紅茶と来ていれば、やはり中国茶も来るのではないか」という予想はありました。
が、苦戦されていた様子を見て、「中国茶の世界の紹介に適役な出演者はいるのだろうか・・・」と不安を感じました。

現時点では、最適解か

そのような中で、風吹ジュンさんが出演されるという話を耳にしました。
聞いた瞬間、「それなら!」と感じました。

理由としては、

1.産地に出かけるなど、非常に熱心な中国茶ファンであることを知っていたこと。
2.日頃から高品質なお茶を飲まれており、その水準を崩さないと思われること。
3.女優という仕事をされており、テレビの制約・どこまでできるか、などを熟知されていること。
4.専門家のバックアップを受けられること。
5.自然体で好感度の高い方であること。華があること。

です。

1については、いきなり雲南省の西双版納に出かけたという話を聞いていましたし、実際に産地でご一緒した経験もあることから、非常に熱心な方であることは存じ上げていました。

2についても、非常に大切な部分です。特にテレビ業界は、消費者の流行りものに敏感です。
今であれば、タピオカミルクティーなどの話を織り込みたい、という提案をテレビ側からしてくる可能性もあります。
そうした要求はきちんと却下いただけると感じました(品質が低いというよりも、リーフのお茶の魅力を伝えたい、ということが勝る)。

3については、今回、きわめて重要なポイントでした。
なにしろ大女優の方ですから、テレビ側のプロトコルは良く分かっています。
中国茶ファンとして伝えたいことをどこまで伝えられるかの機微を熟知されているでしょうから、自分の伝えたい魅力は損なわず、かつ番組としてのエンターテインメント性を確保する提案が出来る方だと思いました。
番組側の対応も、大女優の方が相手となれば、出方が違ってくるというのも容易に想定できます。

4については、中国茶専門店・今古茶藉の簡里佳さんと懇意にされていることから、全面的なバックアップを受けられるはずです。
※ご本人が出演されるかまでは、分かりませんでしたが。

5についても、非常に重要なポイントです。
熱量の高い方は、ややもするとかなり癖のある方であることも多く、視聴者の共感が得られないとイメージを損ねます。
その点、年齢を感じさせないかわいらしさで、老若男女を問わず好感度の高い方ですし、佇むだけで華のある方ですから、この点においても申し分ない人選だったと思います。

おそらく、現状考えられうる限りでは、最高のキャスティングのお一人だったのではないかと思います。

完璧に演じきる

放送は、想像以上に素晴らしくプレゼンテーションされていたように思います。

テレビ番組というのは、テーマもさることながら、著名人が出る場合は著名人のファンの方やその方を知りたい、という方も多く視聴されます。
この方々の期待に応えることができなければ、テレビ番組としては成立しません。

この点については、非常に思わせぶりなプロフィールの出し方をすることなどで、視聴者の関心をグッと引きつけておられたと思います。
お茶のファンの方から、前段のトークは不要という方もいらしたのですが、あれがないとテレビ的な「引き」ができません。
その部分をよく熟知されておられるから、ある意味、上手にご自身のプロフィールを活かされたのだと思います。
一定の年齢以上の方にはよく知られた女優さんですが、若年層の方には、あまり知られていない方だったかもしれません。
が、ここでのやりとりなどで、好感を持った方も相当いたと思います。

そのような視聴者との信頼関係を築いた上で、お茶の紹介をしていったわけですが、今回貫かれていたのは、「気軽に淹れられる」ということです。
おそらく、中国茶ファンであり、さまざまな方に紹介する中で、中国茶は難しいという印象を持つ方が多かったのでしょう。
それを払拭したいというのが、風吹さん自身も課題として持たれていたのだろうと思います。

テレビで中国茶を紹介しようとすると、華やかなしつらえをした茶席を作り、茶芸を披露するようなものになりがちです。
ところが、このようなやり方をしてみると、お茶を淹れるというのはやはり特別な人がするものだ、という印象になってしまいます。
おそらく、一般の方を起用していたら、そのような「華」を添える必要があったでしょう。
しかし、そもそも華のある方を起用したため、その必要がありません。

ですので、非常にシンプルにグラスのみで飲む方法を紹介できましたし、蓋碗と茶盤だけのシンプルな道具でお茶を淹れてみせることが出来ていました。
実際の放送では、尺の関係から茶器を温めるところなどの映像はカットされていましたが、番組のコンセプトからして、これは仕方ない部分だと思います。
とはいえ、非常に手慣れた様子で、シンプルにお茶を淹れてみせたことは、視聴者の方にすんなりと受け入れられたように感じます。

淹れ方の部分がシンプルになった分、お茶の方は非常に豪華なラインナップになりました。
特に、最後に出てきた雲南の古樹紅茶である千年紅茶は、いささかやり過ぎな感があることは否めません。

が、プライムタイム枠のテレビですから、ある程度、ワーッと沸くような演出は必要不可欠です。
それをどっさり使うのではなく、少量使って、ゆっくり味わえる、というある意味、”エコ”な提案をされていたので、非常に高価ではあるけれども、ちょっとした贅沢程度のイメージで近づける世界なのかな、という印象を持たせようとしたのだと思います。
※もっとも、この点はあまり伝わっておらず、値段が非常に高い!ということへの驚きの声が多かったようです。

こうした話の合間には、中国茶の六大分類の話など、いわゆる中国茶の基本の話も盛り込んでいます。
3種類のお茶の試飲を含めて、これだけのことを短時間の中に織り込み、好感度高くお伝えいただいたのです。
バラエティー番組ではありますが、ある意味、中国茶の世界の伝道者という役割を、完璧に演じきったように感じられました。
そこはさすが大女優の貫禄だと思います。

今回の番組にそぐわない内容(細かな淹れ方の手順や手頃な茶葉の紹介等)は、別のフォーマットの番組に期待するというところでしょうか。
全てを1つの番組で賄うのではなく、そこは割り切って考える必要があります。

伝えることの難しさと表現者の重要性

テレビのようなマスメディアを使って、何かを分かりやすく伝えることは大変難しいことです。
今回は、ある意味、非常に恵まれたキャスティングだったため、番組で可能な範囲のプレゼンテーションはできたと思います。
これが出来たのは、やはりお茶をきちんと理解した「表現者」であったことが大きいように思います。

特にテレビなどは、一般世界とは異なる独特のプロトコルがあります。
それを熟知した女優という表現者の中国茶ファンがいたことは、非常にラッキーだったと思います。

もっとも、きちんと業界を認知してもらう上では、ラッキーをラッキーで片付けず、表現者の方と上手に連携する方策などを、積極的に考えていく必要があるように感じました。
表現者というのは女優という形ばかりではなく、たとえば漫画家、小説家などさまざまなスタイルがあります。

専門家は専門家で必要ですが、それをいかに伝えるかということについては、やはりそれを生業とする表現者の方が上手です。
業界側と表現者が上手に連携できるような仕組みなども、本格的にブームを起こそうと思ったら必要になるのかもしれません。

 

本年の更新は今回で終了となります。
次回は来年1月10日の更新を予定しています。

どうぞよいお年をお迎えください。

 

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