平成最後の更新は、釣りっぽいタイトルですが、実話です。

洞庭碧螺春の産地へ

先週、江蘇省蘇州市に出かけてきました。
向かった先は、高級緑茶・洞庭碧螺春の産地として知られる呉中区の東山鎮です。

ここは浙江省と江蘇省に跨がる大きな湖である太湖に突き出した半島です。
この東山半島と対岸に浮かぶ西山島(現在は金庭鎮)、三山島などは、太湖国家級風景名勝区の中でも屈指の見どころとして知られるところです。

陸巷古村

もっとも、蘇州市内からは約50kmほどの距離があるため、車が無いとなかなか行きづらいエリアでもありますし、現地での移動が大変です。
来ている観光客を見てみると、ほとんどがマイカーか大型観光バスでのツアー形式で訪れているようでした。
私は市バスで向かったのですが、蘇州駅の南口から約2時間かかりました。

 

洞庭碧螺春の茶畑

国家標準『地理的表示製品 洞庭(山)碧螺春茶』GB/T 18957-2008によれば、洞庭碧螺春の原産地保護範囲は東山半島の先端部分である東山鎮および対岸の西山島や三山島などとされています。
東山鎮は、その名の通りの丘のような山地(東山)を抱えています。
東山鎮の中には低湿地帯もあり、そこでも洞庭碧螺春茶は生産されていますが、とりわけ、その山地の地域が良質な洞庭碧螺春の産地となっています。

今回は、そんな小高い東山にある碧螺村という場所を訪問しました。

さて、洞庭碧螺春の茶畑は、一般的な茶畑とは大きな違いがあります。
それは「茶果間作」と呼ばれる伝統的な茶園の作り方にあります。

このように楊桃やビワなどの果樹とお茶が一緒に植わっているのです。
果樹園の中に茶の木が植わっているとも言えますし、茶園の中に果樹が植わっているとも言えます。
非常に珍しいタイプの茶園だと思います。
このような茶園になることで、直射日光が遮られ、渋みが少なく、うまみの強いお茶が出来上がります。

さらに碧螺春というお茶は、小さな新芽が銀色の産毛に包まれた状態になることを良しとされるお茶です。

高級な洞庭碧螺春は、1斤500gを作るのに、約6~8万個の新芽が必要とされます。
これは当然手摘みで摘む必要があり、しかも先程の写真のような効率的とはいえない茶園ですから、茶摘みの手間もかかります。

さらに輪を掛けて難しいのが、産毛に包まれたお茶ということは、芽の部分に産毛が多いものでなくてはならないということです。
そうなると、一番茶。それも4月上旬の清明節よりも前に摘まれたものでないと、このようなフワフワの産毛に包まれたお茶にはなりません。
そのため、高級な洞庭碧螺春として出荷されるお茶は、この時期に摘まれたもののみです。

お茶の特性としてこのような制約があり、かつ原産地保護範囲も限られているため、産量の絶対量も少なく、価格も高価になりがちです。
現地でも、洞庭碧螺春らしさを感じる茶葉の価格は1斤2000元(500gで約3万5千円)以上はしますから、有名な割にはなかなか手が届かないお茶でもあります。

 

二番茶はどうなるのか?

洞庭碧螺春というお茶が高価であることは、理解いただけたのではないかと思います。
が、問題は二番茶です。

実は二番茶には、ほとんど商品価値がありません。
私が訪れたのは、穀雨を過ぎた4月21日。
気温は25度を超え、茶の芽葉は既に徒長してしまっており、とても洞庭碧螺春にはなりそうにありません。

このようなお茶も摘むことは摘むのですが、それらのお茶は地元では「炒青」と呼ばれる、普通の釜炒り緑茶として生産、販売されます。

ただ、問題は価格でして、炒青の価格は現地では1斤180元ほど。味わいも強めで、現地で言うところの”口糧茶”。普段飲みのお茶です。
大ぶりの茶葉なので、茶摘みの効率は良いでしょうが、明前茶の碧螺春と比較すれば10分の1以下の価格です。
このような価格では摘み子さんを雇って、その人件費を払うのでは割に合いません。
結果的に、家にいる人たちで茶摘みをして、少量を加工する程度のようです。

茶摘みをする地元の老夫婦

 

碧螺紅茶の登場

ところが、この二番茶をより高付加価値の商品に生まれ変わらせる例が出て来ています。
それが二番茶を紅茶に加工するものです。
各メーカーが「紅螺彩」「西山紅」「洞庭紅」など独自の商品名を打ち出していますが、地元では一般に「碧螺紅茶」と呼ばれています。

この紅茶を開発したメーカーによると、2010年から開発したものだそうです。
祁門紅茶と正山小種の製法を参考にした、としていますが、やはり小葉種なので祁門紅茶をかなり意識して開発したようです。

2010年~2011年というのは、中国紅茶にとっては1つのターニングポイントです。
1989年以降、中国の紅茶生産シェアは減り続け、2010年には68,134トン。生産割合では約4.6%にまで減っていました。
ところが、2011年には113,679トン、7.0%へと急激な回復を見せ、以後、毎年2万トン程度ずつ生産量が急増しています。

この理由は、2009年頃から出回り始めた金駿眉が、高級中国紅茶という新しいマーケットを開拓したこと。
さらにそれを追うようにして緑茶産地で作り始めた紅茶である、信陽紅(河南省の名茶・信陽毛尖の紅茶版)がヒットしたこと。
政府が夏秋茶の資源を有効活用するように通達を出したこと、などが挙げられます。

ともかく、そのような形で二番茶を紅茶として活用する試みが始まったようです。
碧螺紅茶の生産時期は、おおむね穀雨前後とのことで、昨年の紅茶を試飲してみました。

非常に甘い香りがあり、渋みも無く、日本でも歓迎されそうな風合いの紅茶です。
おそらく、開発初期はここまで綺麗な紅茶の味にはなっていなかったと思うのですが、作り続けることで、どんどん良くなっているのだろうと思います。

さて、気になる値段ですが、この店で最高級とされる碧螺紅茶には、1斤2300元の値段がついていました。
炒青と比べれば、実に10倍以上の価格です。

もちろん、茶摘みのコストや生産コストなどは、相応に上がっているとは思うのですが、付加価値がほとんど無かった炒青と比べれば、段違いの収益性です。

このほか、碧螺春の産地では、ジャスミン茶の生産も行っていました。
あの手この手で二番茶以降の活用を進め、収益化を図っていくという狙いのようです。

 

中国の場合は、現在、紅茶ブームという状況もあるので、そのせいではないか、と見る向きもあろうかと思います。
しかし、そもそも、この紅茶ブームも業界と政府が仕掛けたものであり、実は人為的なブームです。

また、価格設定についても、原価からの積み上げで考えたら、この価格の設定にはならなかったでしょう。
ベンチマーク対象となる金駿眉や信陽紅があったことは確かですが、売りたい価格設定をきちんと提示し、それに見合う品質に仕上げたこと。
一時的な物珍しさだけで高価格を記録することはありますが、本質が伴っていないと、継続的に販売していけません。

いずれにしても、生産者だけでなく、流通、地元政府、さらには情報を伝える専門家やメディアなどが一つの方向で協力し合うと、このようなことが可能になるわけです。
いかに業界が一致団結して、同じ画を描けるかということだと思います。
茶価が上がらないのは業界の努力の方向性が間違っているか、努力が足りないだけです。

 

次回は5月10日の更新を予定しています。