第114回:近現代史への理解なくして現在は語れない

台湾時代の思い出

私は1986年~1989年まで台湾の台北に在住しており、当時の台湾の雰囲気を肌で感じています。
今は、台湾を持ち上げる雰囲気もあるからか「うらやましい!」と言われることもあるのですが、個人的なホンネをお話しすれば、当時はそれほど台湾に対してポジティブな印象ではありませんでした。

1986年当時の台湾は、中国共産党との戦争状態、すなわち戒厳令下にあり、言論統制もありましたし個人の自由については制限が課されていました。
テレビをつければ、当時の総統であった蒋経国の偉大なる業績を讃える放送は毎日流れますし、中国共産党の極悪非道ぶりを伝える放送も繰り返し流れます。
まさにプロパガンダ放送のオンパレードで、どこぞの将軍様の国と変わりません。
光復節や盧溝橋事件の日には抗日戦争のドラマ(当然、日本は悪者扱い)が24時間テレビ並みに延々と流されます。
そうしたものに影響されるのか、たまに日本人学校には石が投げ込まれました。そういう環境です。

個人的に決定的だった事件は、日本のお友達から届いた手紙がビリビリに破かれて開封された状態で届いたことです(当時は検閲もありました)。
その手紙がビリビリに破かれていた理由は、宛名に”台湾国”と書いてあったこと。「台湾は国ではない。中華民国台湾省と書け!」という書面が貼りつけられていました。
これは子供心には、しんどい体験です。

このように、当時の台湾の印象は、決してポジティブなことばかりではありませんでした。
もちろん良いこともあったのですが、良いことが10だとすると悪いことも8くらいはあり、手放しで「台湾が好きです」とは、とても言えない状況でした。
そのため帰国後、約25年間ほどは、台湾を再訪しようとはあまり思わなかったのです。

また、当時のプロパガンダ放送の影響で、中国など絶対行くものか、と思っていました。
3年半ほどプロパガンダの空気を浴びていただけで、こう思ってしまうものなので、プロパガンダとは実に恐ろしいものだと思います。
こうしたものに晒され続けてきた、一定年齢以上の台湾人が大陸の悪口雑言を言うのも、むべなるかなと思います。

近現代史をきちんと学ぶことで呪縛を脱する

そういう経験を有している人間が、台湾茶ならともかく、なぜ中国茶などをやっているのか?という話になると思います。

これは結局のところ、当時のプロパガンダの呪縛から逃れることができたから、ということに他なりません。
どうやって脱したかといえば、それは日本と中国、そして台湾の近現代史をさまざまな角度からある程度、しっかりと学んだからだと思います。
さまざまな角度から、というのが非常に重要です。

たしか渡部昇一氏だったと思いますが、”歴史とは虹のようなものである”と著しています。

歴史的な事実というのは水滴のようなもので、そこに歴史家が光を当てると虹ができるというわけです。
歴史家が恣意的に光を当てれば、恣意的な虹ができます。
これこそが、いわゆるプロパガンダであり、自分たちの都合の良い解釈で説明をしてしまいます。

歴史的事実には当然ながら色々な見方があります。
たとえば、日本の南北朝時代も、南朝側から見るか、北朝側から見るかで、事件の様相は全く違うわけです。
さまざまな角度から見ることによって、その事象の本質を捉えることができます。
その上で、自分なりの光を当てて検証するということをしないと、それは他人が作ったプロパガンダに踊らされるだけなわけです。

こういう思考法を、ある程度の年齢になってからできるようになったことで、かなり自由な発想になったように思います。

日本の近現代史教育は手薄

日本では近現代史の教育は比較的手薄だと感じます。
おそらく日本の近現代史がイデオロギーに左右されがちなので、そこを避けたということもあるのかもしれません。
しかし、そこを逃げてしまったがゆえに、フワッとしたイメージを抱いて、裏切られるというような印象があります。

たとえば、台湾についても、歴史の教科書で習うのは「国共内戦が勃発し、敗れた蒋介石の国民党は台湾に逃れた」というところで止まってしまっています。
中国と台湾がなぜ切り離されているのか、そのあとの台湾において、どのような事件が起こり、それによって人々がどのようなメンタリティーを持つに至ったかは、全く触れられていません。一つの中国問題で、忖度もあるのかもしれません。
その状況で、今のマスコミによる台湾の報道が続いているので、どうもおかしな台湾への理解をしている方も多いようです。

極端な話をすれば、人によっては、日本が台湾を統治していた時代を知らないことすらあります。
また、最近、よく見かけるのは、一部の書籍によって描かれたストーリーだけを信じて、日本は台湾でよいことばかりをした。だから親日だ、と短絡的に捉えている人すら見かけます。
実際には、良いこと100に対して悪いこと99だったので、絞り出すようにして、日本の方が良かった、と言っている方がほとんどですし、大陸の抗日戦争で苦労した祖先を持つ台湾人も大勢いるのです。
歴史なので現代に生きる我々が必要以上に卑屈になる必要は無いのですが、99の悪いことがあったことを飲み込んで「良かった」と結論づけている方への配慮は必要だろうと感じます。
それが国の歴史を負うということだと思います。

比較的近しいイメージの台湾ですら、この状況なので、中国に対してはもっと知らない状況だと思います。
三国志はよく知っていても、現代の中国人を形作ってきた近現代史、特に文化大革命などの事件による影響が分からなければ、今の中国は到底理解できない国だと思います。

中国茶を知る上でも近現代史の理解は不可欠

お茶というのは、各国の人の暮らしに根付いたものでもあるので、現代のお茶を理解する上でも、近現代史の理解は必要不可欠だと思います。

そんなわけで、先日開催したセミナー「21世紀の中国茶の20年」では、清の時代から民国期、新中国建国後までの歴史を振り返りながらお話をしました。
21世紀を理解する上では、その基盤を構成している近現代史の理解が不可欠だからです。

お茶の講座で、辛亥革命やら国共内戦やら、大躍進政策、文化大革命、人民公社、生産責任制、改革開放といった歴史の授業で出てきそうなワードを並べたのはそのような理由からです。
それぞれの事件が、どのような社会の変化をもたらし、人々の生活や思考法を変えたのかが、お茶の変化にも繋がっています。

お茶という一つの切り口をもとに、相互理解が深まっていくというのは、海外のお茶を学ぶことの大きな効用だと思います。

 

(参考になりそうな書籍)

 

次回は3月1日の更新を予定しています。
※今回の更新がシステム不具合により遅れ、失礼いたしました。

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