第141回:試飲のコストは誰がどう負担すべきか

台湾の茶葉店でも、試飲有料化に踏み切る店舗が

先日、台湾の馴染みの茶葉店から茶葉を取り寄せたところ、店内での試飲が有料(1人あたり200元)になった旨の記述がありました。
いつから有料化に踏み切ったのかは、不明ですが、

「ついに来るべき時が来たか……」

と感じました。

中国や台湾では「試飲をして購入するのは、当たり前」という感覚のお店が多くあります。
そして、従来であれば、ほぼ試飲に関する費用を請求されることはありませんでした。

このようなことから、現地慣れしている方からは「なぜ日本の店では試飲が出来ないのか?」という声を聞くこともあります。

今回は、この試飲というサービスについて、改めて考えてみたいと思います。

 

試飲サービスは、本来、客側にも店側にも好都合なもの

試飲サービスは、まず客側から見ると、大変ありがたいサービスです。

味や香りを文字や言葉、写真だけでイメージするのは、実に困難なことですが、体験すればすぐに分かります。
そうして味や香りを確認した上で、自分の気に入ったお茶だけを購入することが出来るので、「買ってみたけど失敗した」という経験をすることが減ります。

初心者の方にとっては、お茶の淹れ方を見ることも出来ますし、そのお茶本来の味や香りがどのようなものかを知ることができます。
お店で飲んだときの味や香りが再現できないのであれば、自分の淹れ方などが不十分なのだろうと気づくことが出来ます。
お茶を飲みながら話すという体験をすることで、

これらのメリットは、店側にとっても実はほぼ同様です。

まず、非常に表現の難しい、繊細なお茶の味や香りを言葉で説明する必要がありません。
どのような味なのかを、お茶の味や香りの引き出しが無い人に説明することほど難しいことはありません。
たとえ詳しい方であったとしても、そのお茶の味や香りがどのようなものであるかを知らせるには、現物を飲ませるのが一番手っ取り早いのです。

さらに実際飲んで一緒に味を確認しているわけですから、客の表情が冴えなければ、「これではなく、別のお茶を飲んでみましょう」と客側の意向を汲んで、別のお茶を勧めることもできます。
このような対応をされれば、「試飲した以上は、買わなければいけないのではないか」と考えている客も、「なんと親切なお店なんだ」と感動することになります。
結果、店舗での購入体験をより高めることになり、お店への信頼度がグッと高まります。

さらに言えば、「購入したけれども味が気に入らないから返品したい」のようなクレームを受けることが減ります。
「淹れ方が分からない」「思ったような味にならない」というようなリスクも、実際に淹れてみせたり、飲み方の様子を見ていれば、ある程度、察知できます。

このように、試飲サービスは客側、店側双方にとって、好ましい効果をもたらすものです。
本来であれば、「ぜひ、やりたい」と思う店が多いのではないかと思います。

しかし、試飲サービスは、かかる”コスト”が、かなり大きいのです。
このコストを回収できる目処やサービスを提供するのに必要な要員を確保できなければ、試飲サービスはとても提供できないのです。

 

試飲サービスにかかるコスト

試飲サービスにかかるコストとは、どのくらいのものなのでしょうか?
なんとなくのイメージと具体的に積み上げたコストというものは往々にしてかけ離れているものです。
今回は、それを少し検証してみたいと思います。

試飲サービスを提供するためには、様々なコストがかかるのですが、イメージしやすい順に列挙すると以下のようなものがあると思われます。

1.資材コスト(試飲用の茶葉、器、茶請け等々のコスト)
2.空間コスト(試飲台等を置くだけのスペースを確保するコスト。賃料・内装費等)
3.人的コスト(スタッフが一定の時間、客に張りついて茶を淹れ、接客するために要する人件費)
4.技術的コスト(接客や茶の提供に必要なだけの専門知識と技術を習得させるための教育研修費や専門知識に対する手当等)

これらについて、1つずつ詳しく見てみましょう。
今回は、日本の中国茶専門店で試飲サービスを行うという仮定で計算してみたいと思います。

1.資材コスト

これは客側にも非常に分かりやすいコストだと思います。

試飲をすれば、その分、商品と同じ品質の茶葉を消費します。
たとえば、50g2,000円の茶葉の試飲を求められたとき、1回の試飲で5gの茶葉を使うとすれば、200円のコストがかかる、というわけです。
仮に同じ価格帯の茶葉を3種類試飲するとしたら、それだけで600円のコストになります。

もっとも、「実際にかかるコストは、茶葉の仕入れ価格(原価)ではないか?」という指摘があるかもしれません。
が、試飲用に使った茶葉は商品と同一のクオリティーですから、その分を商品として販売すれば、売上になっていたはずです。
その販売機会をロスしているのですから、商品を減らしているのと同じことです。販売価格での計算が妥当だと思います。

これに加えて、試飲用の茶道具等を調達する必要があります。
一度、準備をすればかからないとも考えられますが、割れ物が多いので、破損などは起こるものです。
またメンテナンスにも費用がかかることもあるでしょう。

さらに茶請けも出そう、となれば、さらにコストは嵩むことになります。

2.空間コスト

試飲を行う場合は、一定の時間、客とスタッフが試飲台などの場所を占有することになります。
店舗を構える際に、商品の展示スペースとは別に、その分のスペースを余分に確保しておく必要があります。
これは月々の家賃という形で、固定費の負担が発生することになります。

また、初期投資として試飲台などを整備する費用や相応の内装をするかもしれません。
この分の経費は、減価償却費などとして、店舗の運営コストに乗ってきます。

これらは客側からは見えにくいコストですが、確実に発生しているコストです。

3.人的コスト

試飲サービスを実施するとなれば、お茶を淹れる時間は一組か二組ぐらいの客に、スタッフが張りついて対応する必要があります。
この間、このスタッフは、接客以外の作業は、ほぼ出来なくなってしまいます(他の作業をしながらだと、客の心証が悪い)。

中国茶や台湾茶の場合、1煎限りのお茶というものはあまり多くありません。
何煎か淹れて提供するとなると、1種のお茶につき10~20分ぐらいの時間は、確実に費やすことになります。
仮に3種類の試飲を提供し、お茶選びまで手伝うとなれば、最低でも30~60分はかかります。
そのスタッフ1名分の時給分は、少なくともコストとして計上されます。

そもそも、店舗を構えると、非常に多岐にわたる仕事をスタッフはこなさなければ行けません。
たとえば、茶葉の袋詰めや品出し、通販のメール対応や発送手配、店舗の清掃、レジ打ち、電話対応等々。
試飲サービスでスタッフが接客にかかりっきりになり、他の業務が出来ず、店が回らないとなれば、スタッフの人員を増やす必要があります。
その追加スタッフ分の給与もコストとして上乗せされることになります。

この人的コストというのは、試飲サービスを提供する上で、かなり大きな店側の負担になります。

4.技術的コスト

”試飲サービスにはスタッフが張り付きで対応する”と書きましたが、この試飲サービスを受け持つスタッフには、かなり高い知識と技術が要求されます。
最近入ったばかりのパートやアルバイトスタッフに、いきなり対応させるのは難しい業務です。
相応の知識と経験が必要ですし、そうしたスタッフに育てるための教育投資も必要です。

まず、比較的長時間の接客をするわけですから、コミュニケーション能力がある程度無ければいけません。
さらにお茶に関しての質問等に的確に答えられるだけの知識が必要ですし、相手の好みを把握して、自店のお茶を上手に淹れられるだけの技術が無ければなりません。
場合によっては、自店のお茶を淹れる練習を行うような研修も必要でしょう(この際、何度も淹れ直したりすれば、大量の茶葉を消費することになります)。
あるいは生産者のところへ研修旅行に連れて行ったり、どこかの研修機関などで研修を受けさせる必要があるかもしれません。

そのようなスタッフが育ってきたとしたら、これは高度に専門的な知識と技術を持った人材になります。
こうした人材が持つ知識や技術を正当に評価し、賃金等に反映させてあげなければ、スタッフが定着しないということになります。
そうなると教育研修費が無限にかかることになりますから、相応の待遇も必要でしょう。

自分が自分の好きなお茶を淹れるのであれば、これは非常に容易なことですが、商品として購入してもらうためにお茶を淹れるというのは、高度な専門知識と技術が必要なことなのです。
このあたりの専門性が必要であることは、あまり客側では意識されない(お茶屋のスタッフなんだから、知ってて当然と思われるのが、普通の消費者感覚です)のですが、実際にはかなり高度な専門人材です。
その人材を育て、維持するためのコストは、想像以上に大きいと思われます。
※日本の中国茶専門店の多くは、オーナーが1人で切り盛りしていることが多いので、意識されないことがほとんどですが、スタッフを抱えて営業しようとすると、途端にこの問題に直面します。

 

このように見えないコストも含めると、かなりのコストがかかるわけです。

さらに言えば、日本に中国茶や台湾茶を輸入して経営するとなれば、茶葉の輸入・検査・通関費用や送料等もかかります。
日本のカップラーメンが台湾に行くと約3倍の値がついているのと同じように、食品が国境を越える場合は、このくらいのコストがかかりますが、これが資材コストにも教育コストにも響いてきます。
スタッフの人件費の水準も中国や台湾に比べると高くなりますから、日本で試飲サービスを提供するのは、現地以上にコスト高となります。

 

コストがかかっても、回収できればOKだが

コストが沢山かかるとしても、それを上回る売上が確保できれば、事業としては採算に乗ります。

一番の問題は、この売上なのだろうと思います。
売上がきちんと立つのであれば、高コストな試飲サービスであっても、十分回収ができるからです。

冒頭にお話をした、台湾の茶葉店のケースですが、おそらくその売上とコストのバランスが従来とは違ってきてしまった、ということだと思います。
このお店を最後に訪問したのは2020年2月ですが、その時点では、試飲も無料のままでした。
が、その後の新型コロナウイルスの流行で、日本人観光客が消滅。現地の方の外出自粛もあるなどで、大きく環境が変わったということもあるでしょう。

しかし、それ以前から、試飲サービスがこのままでは非常に危ういと感じていました。

そもそも、このお店の顧客は、日本人観光客がほぼ7割くらいを占めていたお店です。
従来であれば、試飲費用などの負担もなく、お店に行けば、無料で色々と飲ませてくれるお店でした。
安いお茶から高級なお茶まで、本当にどんどん飲みたいものを飲ませてくれるお店でした。
そのような気っぷの良さもあって、こちらもそれに応えるべく相応のお茶を購入していたわけです。
店側が負担しているコストに見合う程度には、買い物をしていましたし、お土産などで多数の茶葉を買い込む常連の観光客も多くいたので、サイクルとしては上手く回っていたのだろうと思います。

ところが、ここ数年、店内で見かける日本人観光客の購買行動を見ていると、そのサイクルが徐々に回らなくなってきているのを感じていました。

というのは、多くのお茶を試飲するわりに、購入するお茶が50g単位で2種類程度など、実に少額の会計で終わっている方が見受けられるようになっていました。
また、長時間、同行者とおしゃべりをしながら試飲をするものの、お茶はほとんど買わずに、あまり利益率が高く無さそうな茶器やお菓子類を買い込んでみたり。
「茶館に行くと、お茶代が高いけど、ここに来ればタダでお茶が飲めるから」と公言する方がいたり(この方自身は結構お茶を買っていましたが、変に影響される方が出てくる可能性は大きい)。

と、ある程度、茶葉店の事情が分かる立場から見ると、「これではとても採算に乗らないし、店側の体力を削っているだけなのでは?」と感じるような光景を目にするようになってきたのです。
「日本の経済成長が止まっているから、日本人観光客の購買力が落ちている」と言えば、それまでなのですが、日本での茶葉の販売が小ロット化(10g単位など)していることなども影響していると思われます。

いずれにしても、従来の顧客イメージからは、いささかミスマッチに感じる客が見られるようになってきたので、従来の試飲システムの見直しは避けられなかったように感じます。
どんなに頑張って接客したとしても、目に見えて購入する量が少なかったりすると、スタッフのモチベーションにも影響します。
経営者としても、たとえ少ない量しか買わなくても、店にとっては経営的に問題は無い、と説明できるようなシステムに移行せざるを得ない状況だったのかもしれません。

 

試飲コストの費用負担をどうするか?

従来であれば、手厚い接客サービスを行えば、ある程度の売上が見込めるという目論見でした。
その売上でもって、試飲コストを十分に賄えていたわけです。

ところが、顧客単価が下がってくると、その試飲コストを賄うことが出来ません。
この場合、取るべき方向としては、試飲コストの負担を客に求めるしかなくなります。

その方法としては、「最低消費」価格を設定するか、試飲費用や席料など何らかの名目での負担を求めるかの二択になります。

台湾や中国などでは、本来、「最低消費」を設定することが一般的です。
これは飲食店や茶館・茶藝館などでもありますが、最低限、店で消費してもらう金額を設定するものです。
お茶1杯だけで何時間も居座られたりすると、店の経営が回らなくなるので、「少なくともこのくらいの金額は払ってくださいね。それだけ消費してもらえれば、あとは粗利の中で何とかします」という方法です。

これは、比較的スマートな方法だと思うのですが、残念ながら日本ではあまり一般的ではありません。
「うちの店では最低限1000元払ってください」のように書くと、この習慣に慣れていない日本人の中には抵抗を示す方も多いでしょう。

むしろ、日本の居酒屋が席料を「お通し代」として課金するように、何らかの名目で課金してもらった方が受け入れられやすいと思われます。
そのようなことから、今回のお店の場合は「試飲料金」というのを設定し、その分を頂くということにしたようです。
実に日本人の扱いに慣れたお店らしいスタイルだと感じました。

もっとも、今までは無料だったものを有料にするわけですから、あまり快く思わない人も出てくるでしょう。
おそらく、店側も従来通りの顧客単価で購入してもらって、その中でやり繰りしたいというのが本音でしょう。
「パーッと買ってもらって、こちらもその中で目一杯サービスしたい」と考えているはずです。
客に余分の負担を求めるというのは、どんな経営者も心苦しく感じるものですので。

とはいえ、「沢山のお土産を買い込み、近所や職場に片っ端から配る」というような習慣は、もはや過去のものになっています。
全体的な消費スタイルが変化しているので、それに合わせて、試飲のスタイルも変わっていくということだと思います。

いっそのこと試飲というシステムを止めてしまうというのも一つの手ですが、個人的にはそれはもっとも避けたいことです。
試飲という場があることで、沢山のお茶を体感する機会にもなりますし、お茶を通じて、お店の方と会話するきっかけにもなります。
店側にも負担が少なく、客側も快く費用を負担できる。そんな上手い仕組みや名目が出来ると良いのですが・・・

 

次回は5月1日の更新を予定しています。

 

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