情報の「正確さ」と「深さ」
中国茶の情報をお伝えする際に、個人的に最も重要視することは、情報の正確性です。
誤った情報というのは積み重なっていくと、どこかで情報の矛盾を発生させます。
そうした矛盾は、情報の受け手(一般消費者・愛好家)を混乱させるものなので、極力、排除していかなければなりません。
しかし、それに加えて「どの程度の”深さ”の情報を伝えるべきか?」についても、慎重に検討が必要だと考えています。
受け手が欲しいと思う以上に深すぎる情報を提供してしまうと、これも混乱を招くもとになるからです。
今回は、この情報の「深さ」について考えてみたいと思います。
情報の「深さ」を読み間違えると、お互いが不幸に
情報の「深さ」のミスマッチは、正確性と同じくらいに消費者の方を混乱させます。
例えば、台湾の高山烏龍茶を例にとってみます。
”台湾でも烏龍茶を作っているんだ”ぐらいの認識しかない方に、
このお茶は華崗のお茶で、梨山茶区の中では標高が高くて2500mぐらいの茶園なんだけど、今年のベストロットだと思うんだよね。
普通の青心烏龍なんだけど、発酵と焙煎を少し深めにしているので、紅水烏龍のような仕上げになっていて。
とはいえ、普通の熟香型とは違って、軽くウンカも咬んでいるから、少し蜜香も入っているかも。
豆かすの有機肥料を使っていて、茶園管理もしっかりしているから、樹齢が20年超えているけど、厚みもあるし良いお茶なんだよね。
・・・と、いきなりまくし立てたら、どうなるでしょうか?
情報としては極めて正しかったとしても、相手は後ずさりしてしまうことでしょう。
もし、私が初心者の立場だったら、「非常に面倒臭いので、二度と関わりたくない」と感じます。
しかし、ある程度の知識がある愛好家の方だったりすると、これは非常に有意義な情報提供ということになります。
お茶を実際に見ていなくても、葉っぱの色や、淹れたときの水色、香りや味までもイメージできてしまうかもしれません。
情報が正確であったとしても、その「深さ」を間違えると全く役に立たないわけです。
では、一般的な「深さ」というのはどのくらいが適当なのでしょうか?
一般的な日本人の中国茶・台湾茶の理解水準は、どのくらいか?
今回は中国茶・台湾茶の領域に絞って、お話を進めて行きますが、「一般的には、ほとんど知られていない」という前提で掛かった方が良いと思われます。
知っているお茶の種類は、烏龍茶(ペットボトル飲料などのもの)、プーアル茶(ややカビっぽい香りのする熟茶)ぐらい。
同じ烏龍茶でも、台湾の烏龍茶はちょっと違うらしい(ある種の思想が入ると”全く違う”になる)程度です。
白茶も「聞いたことはある(主に女性が化粧品などで)」ぐらいでしょうか。
烏龍茶のことを青茶と言うとか、凍頂烏龍茶や鉄観音などの具体的な銘柄をいくつか知っていたら、かなり詳しいレベル。
環境的に中国や台湾の人と関わる機会が多いか、旅行や留学に行ったことがあるか、自分である程度調べたことがある人だな、というイメージです。
※このような方は、美味しいお茶や意外なお茶に触れたりすると、スイッチが入ったりすることが多いです。
多分、この記事を読んでいる方には信じられない水準かと思いますが、これが現実です。
世の中の9割以上の方は、ここに当てはまるぐらいのイメージで考えておかないと、色々と見誤るのでは無いかと思います。
一般消費者の中国茶知識を形作る情報ソース
そもそも、普通の一般消費者が、お茶の情報に触れるソースを考えると、
1.ペットボトル飲料メーカーのテレビコマーシャル
2.テレビ番組(旅番組、散歩系の番組等)での紹介
3.スーパーやコンビニ等の店頭での商品・POP等
4.タピオカミルクティーブームの影響
5.マスメディアやSNSなどで流れる、相手国のなんとなくのイメージ
くらいであると思われます。
それぞれがどのような影響を与えているのかを少し整理してみます。
1.ペットボトル飲料メーカーのテレビコマーシャル
これは、最も強力な印象を与えていることが多いです。
お茶について特に知らずとも、印象的なCMなどが何度も流れていれば、数少ないキーワードぐらい(福建省産、一級茶葉使用 等)は頭の中に入ってしまうものです。
「テレビはオワコン」という言説も最近は多いのですが、何度も繰り返し見せることによって、イメージを植え付けるというテレビコマーシャルの威力は、侮れないものがあります。
その証拠に、日本人観光客御用達のお店の多くでは、なぜか「黒烏龍茶」なる商品を置いていることが多いです。
これは、「一般的な日本人が知っているお茶の銘柄は、テレビコマーシャルで見たことのある黒烏龍茶ぐらいしかない」というのが、実のところなのだろうと思います。
さすがに「烏龍茶」だけでは絞り切れていなさすぎると思っているので、健康に良さそうだし「黒烏龍茶」と言ってみるのでしょう。 ※そんな茶葉は、実際には存在しないのですが。
もっとも、昨今は大々的な宣伝を行っている中国茶を利用した商品が無いため、この効果も徐々に怪しくなっています。
大型の中国茶ペットボトル商品が出て来ないと、市場は全く盛り上がらないものです。
2.テレビ番組(旅番組、散歩系の番組等)での紹介
中国茶を飲める日本のお店や、現地の茶藝館・茶館などが採りあげられるケースです。
このようなケースは意外と多いのですが、お茶の知識を与えることよりも雰囲気やイメージを与えるだけに終わるケースがほとんどです。
視聴動機が違うということもありますが、やはりテレビ的には「画」が欲しいというのが一番大きいと思います。
テレビ映えする「画」となれば、普段とは違う世界感(独特の設えや茶器・茶道具類)や目を引く動作などを中心に番組が作られます。
その典型例は、長いヤカンを持った茶藝です。テレビマン的には一番、画が作れると思っているようです。
なぜか当社にも「出来る人を知りませんか?」という問い合わせが、多くやって来ます。。。
ふわっとしたイメージでも形成されるのは良いことですし、近隣のお店であれば「行ってみよう」という来店動機にも繋がります。
そして、来店したお客様がそこからお茶に目覚めていく、ということも大いにあるので、影響はゼロではありませんが、そんなに大きな力にはならないわけです。
3.スーパーやコンビニ等の店頭での商品・POP等
消費者が情報を得る経路として、実際の商品や店頭のPOPというのは非常に大きいものです。
しかし、中国茶・台湾茶に関しては、現実問題として、店頭に並んでいる商品が非常に少ないので、この効果がほぼ期待できません。
並んでいるお茶も多くは特売クラスの煮出し用ティーバッグによる「烏龍茶」「プーアル茶(なぜかプアール茶表記も多い)」くらいなので、中国茶・台湾茶の多様さなどはあまり伝わりません。
唯一頑張っているな、と感じるのは、デザイン性豊かなパッケージを多数投入しているTokyo Tea Tradingさんの商品ぐらいです。
さすがに1社だけでスーパーの棚を構成することは出来ませんので、もっと複数の魅力ある商品が変わってくるとは思うのですが・・・
そもそも”売れなければ置かれない”ので、卵が先か、鶏が先かの議論になってしまいそうです。
4.タピオカミルクティーブームの影響
コロナ前までは一世を風靡したタピオカミルクティーブームの影響はどうでしょうか?
これについては、「やはり、期待したほどではなかった」というのが正直な印象だと思います。
そもそもお茶の味を楽しむというよりは、甘さを強調したスイーツ感覚でのドリンクなので、お茶自体に関心を向けた人はごく僅かだったのではないかと思います。
スターバックスでフラペチーノを頼んでいた人たちが、タピオカミルクティーに流れたというイメージです。
さらにティースタンドというビジネスモデルは、数少ないベースのお茶でトッピングによってバリエーションを増やすという方向性ですから、多彩なお茶があることは、あまり伝わっていないでしょう。
またある程度の水準以上の美味しいお茶を飲めば、意識が変わることもあるのですが、コスト的にそこまでの茶葉は用意できなかったので、これも難しいわけです。
多少なりとも消費には貢献したかもしれないとは思いますが、ここ数年の茶の輸入統計を見ても、あまり台湾、中国からの輸入には大きな影響が出ていないようです。
5.マスメディアやSNSなどで流れる、相手国のなんとなくのイメージ
これも意外に大きな影響を与えています。
中国に関しては、小泉政権以降、ハッキリ言ってボロボロの状態であることは、言うまでもないでしょう。
もっとも、経済面では密接な関係性が引き続きありますので、清濁併せ呑んで、是々非々で語れる人は以前よりも増えているようにも感じます。
そうした方々には、最近のTikTokや小紅書などからの転載動画・画像は、好ましいイメージとして捉えられているようです。
台湾に関しては、東日本大震災以降、急速にイメージが向上しています。
もっとも、あまりタピオカミルクティー以外の茶に関しての話題は豊富では無いように感じます。
また、コロナ禍以降、日本の内向き姿勢がより強化されたようにも感じるため、以前ほどの勢いは無いように感じます(訪台観光客が未だに伸び悩んでいる)。
愛好家として、どのくらいの水準の情報が必要か?
さて、お茶を楽しく飲む程度であれば、どのくらいの水準の情報があれば良いのでしょうか?
基本的には、「自分が飲もうとするお茶に関しての知識・淹れ方の手順などが分かれば良い」ということになります。
以前であれば、入手できる中国茶・台湾茶にも限界がありましたから、大まかな茶の種類とその淹れ方が分かれば十分でした。
たとえば、緑茶ならば龍井茶、碧螺春茶、黄山毛峰くらいのお茶を知っていて、淹れられればOKでしたし、烏龍茶でも武夷岩茶、安渓鉄観音、凍頂烏龍茶、鳳凰単叢などの銘柄を知っていて、淹れ方が分かれば問題ありませんでした。
おそらく、中国茶の入門書の多くは、このあたりの水準に合わせて、記述がなされていると思います。
しかし、このような水準の情報で十分満足できた時代は、もう過去の話になっています。
近年はカテゴリーキラー的に一部の産地に特化した専門店が増えてきています。
こうしたお店は、各産地ごとのお茶を品種や小産地ごとなどのきめ細やかな味・香りの違いで、品揃えを大幅に増やします方向に動きます。
すると、同じ銘柄のお茶でもが爆発的に増加し、求められる情報量が増えていきます。
たとえば、武夷岩茶。
従来は水仙と肉桂と四大名叢ぐらいを押さえておいて、焙煎程度の違いで好みを言ったり、正岩茶、半岩茶、洲茶ぐらいの産地分類で事足りました。
しかし、現在では、品種はよりマイナーなものや新品種系のものが出てきています。
焙煎のやり方も回数や温度帯、炭か電気かなど、よりきめ細やかな情報が出てくるようになりました。
産地に関しても、単なる正岩茶ではなく、牛欄坑に馬頭岩などより細かい情報が示されるようになります。
同様に台湾の高山烏龍茶や鳳凰単叢、プーアル茶も、以前とは比べものにならないぐらい、小産地の地名や品種などの情報量が増えてきています。
情報が増えるということは、”解像度が高くなっている”ということなので、基本的には歓迎すべきことだと思います。
ある程度、状況が分かる人にとっては、非常に追求しがいのある面白い時代になった、と感じるかもしれません。
しかし、処理するべき情報量があまりにも増えすぎてしまって、初心者の方が立ち向かわなければならないハードルが高くなりすぎていないか、と心配になることもあります。
初心者の方は、このような状況にどう対処するべきなのでしょうか?
多すぎる情報量は、何故生まれるか?
この解決法は、専門店の方に求めるというよりは、情報の受け手側の方で整理をする力を身につけるしかないと考えています。
「しっかり受ける」ところと「聞き流す」ところのメリハリをつけていく必要がある、ということです。
そもそも、専門店の方の発信する情報は、解像度が高すぎる場合もままあります。
その理由をまずは整理しておく必要があります。
たとえば、産地の中の小さな村や集落の名前が何故必要なのか?というと、それは実際に品質や味・香りに違いが出るからです。
茶は育った環境(土壌や標高、雲霧の発生度等)によって、同一の品種であったとしても、全く違う品質・味や香りになることがあります。
基本的に産地の人たちは、自分たちのお茶の世界だけを見ていることが多いので、その違いを無視することは出来ません。
ゆえに細かな産地の違いなどを品質の違いとして、明示したくなりますし、実際にそうしています。
しかし、産地の外部の人から見て、その差はどのくらい大きいのか?と考えると、産地の人が言うほど大きくないことも、ままあります。
環境差によるものは微妙な差であることが多く、そのお茶を沢山飲んで、経験値を得ていると差には気づくが、何も知らない人が飲んだら、違いが良く分からない程度であることも結構多いからです。
それよりも、製茶日前後の状況(雨が降った等)や製茶工程での差(発酵や焙煎程度の差)の方が、遥かに大きい違いになることが多いです。
初心者のうちは、様々な要素がどのようにお茶の品質や味・香りに影響を与えるのか、が整理できていないと思います。
そのような状態で、このような細かすぎる情報を浴びてしまうと、本質を外した理解になってしまうケースが多々あります。
”広く浅く”と”狭く深く”の2つの視座を切り替える
個人的な意見ですが、初心者の方は一つの産地のお茶にそんなに深く突っ込まず、まずは”広く浅く”飲んでみることをお薦めします。
具体的には、六大分類の茶類を、ある程度、生産量と日本での流通量に応じた形で幅広く飲んでみることです。
日本国内の場合、最も入手性が高いのは烏龍茶ですから、烏龍茶を軸に飲んでいく形でも良いと思います。
最初は一つの産地に偏らずに、福建の南(安渓)と北(武夷山)、鳳凰単叢、台湾などからタイプの大きく違うもの(品種、発酵と焙煎のような製法の違うもの)を数銘柄ずつ飲んでみるのが良いでしょう。
このプロセスは街歩きでいえば、俯瞰的にまずは全体を見てみる作業です。
バスツアーなどでぐるっと市内を一周して、主要な定番観光地だけ巡ってみる、というやり方です。
これによって、その町の大まかなキャラクターが分かると思いますし、各地区ごとの個性の違いなども掴めると思います。
まずは、それで良いので、細かすぎる情報(微細な産地情報やマイナー品種等)は、とりあえず無視しておきます。
これで大まかな雰囲気が掴めた、ということであれば、今度は自分が興味を持てた部分に”狭く深く”突っ込んでいきます。
これは街歩きで言えば、気になった地域をブラブラと歩いて行くのに似ています。
小さな路地裏などにも入り込んでいくと、観光ガイドには載っていなかったような発見も出てくるでしょう。
また、その地域の歴史なども勉強してみると、より深い理解に繋がるかもしれません。
このような”探検”は、ある程度、街の雰囲気の理解や交通機関の使い方などベーシックな作法を身につけた状態、いわゆる”土地勘”があるから出来ることです。
来日観光客がいきなり夜の歌舞伎町に向かおうとするのは、いささか心配になるのと同じです。
街歩きと同じように、”広く浅く”と”狭く深く”の視座を持ち、それを適切に切り替えるというイメージが、無用な混乱を防ぐ上では大事なのかと思います。
次回は、9月16日の更新を予定しています。