第147回:中国茶の残留農薬基準は、現在どうなっているのか?

現在の中国茶の農薬事情はどうなのか?

”日本で流通する中国茶に関する知識や情報は、2000年前後の中国茶ブームの頃から、あまりアップデートされていない”ということを、このブログでは何度も採り上げています。
21世紀に入って既に20年以上が経過しており、昨今の中国の急速な経済的・社会的な成長を考えれば、当時の常識・認識というのは、ほぼ通用しなくなっています。

これは中国茶の安全性、特に農薬に関しての問題も例外ではありません。
当時の中国の全体的な安全管理のレベルについては、決して褒められたものでは無かったというのが事実です。
輸出用として各国基準に合わせたものなどでなく、市中の一般的な製品を購入しても、日本の基準に達していないものも多数あったと思われます。

しかし、その後、中国国内でも食の安全性に関しての関心が大きく高まり、事情は一変しています。
たとえば、残留農薬の検出が相次いだことが中国中央電視台の報道番組で採り上げられた安渓鉄観音などでは、消費者の不買運動が起こるなど、社会問題化をしていました。
そのような中国国内での消費者意識の高まりや、EUなどの農薬基準値の引き上げなどを受け、安全性確保に向けた抜本的な対策が行われているのです。
今日は、その内容の一部をご紹介したいと思います。

中国のお茶の安全性を語る上では、

・国が設定している基準の緩さ(適用農薬の種類と基準値)
・設定した基準を守る力があるかどうか

という点が、問われるのですが、これについて順番に見ていきます。

 

2005年から、茶葉に含まれる農薬等の規制方法が変更に

まず、中国の茶葉に関しての農薬規制は、2005年に大きな転機がありました。
この年から、茶葉に含まれる残留農薬や汚染物質の基準を、中国政府が定める2つの強制性国家標準(国の定める強制力のある規格)によって定めることが決まったのです。
その2つの強制性国家標準とは、

・GB 2762-2005『食品安全国家標準 食品中の残留農薬制限量(食品安全国家标准 食品中最大农药残留限量)』
・GB 2763-2005『食品安全国家標準 食品中の汚染物制限量(食品安全国家标准 食品中污染物最大残留限量)』

の2つです。
しかし、この時点での茶葉に設定された、規制対象の有害物質は、鉛と希土類1種と、農薬の数は9種類のみと、全く不十分なものでした。

ただ、誤解をしないでいただきたい点は、中国側の基準はこのような最低限度のものでしたが、日本に中国茶を正規(販売目的で)に輸入する際は、日本側の輸入基準に照らして検査を実施します。
そのため、きちんと正規のルートで輸入された茶葉であれば、特に健康被害などの問題は起こらなかったはずです(しかし、水際で多数の残留農薬が検出されたという報道がなされていたはずです)。

2006年からは、日本は残留農薬等について、いわゆるポジティブリスト制度が施行されています。
従来であれば、日本で未承認や未設定の農薬などが検出された場合、販売の禁止措置等が取れなかったのですが、原則全ての農薬に対しての基準値を設けることで、販売を禁止することができるようにしたものです。
これによって、日本への食品輸入のハードルは大きく高まったといえます(中国側の動きは、そのあたりも視野に入れているとみられます)。

 

強制性国家標準は改訂を重ね、厳格化へ

当初は非常に緩い基準であった、2つの強制性国家標準は、何度かの改訂を経て、徐々に厳格化していきます。
まず、規制対象となっている農薬の数について見てみましょう。

2005年に公布された国家標準は、2012年に最初の改訂が行われました。
この改訂により、規定された茶葉の残留農薬の種類は、最初の9種類から25種類へ増加しています。
その後、2014年の改訂では、25種類から28種類へ。2016年の改訂では、28種類から50種類へ。
2019年の改訂では、50種類から65種類へと増えていきました。

そして、現在の最新版は、2021年3月に公布され、9月より施行されているものです(第6版ということになります)。
これによると規制されている農薬の数は、65種類から106種類へと大幅に増加しています。

ポジティブリストを採用している日本では、200種類以上の項目があるため、それと比較すると、まだ不足かもしれません。
が、当初と比べれば、随分と国際基準に近くなっているわけです。

しかし、問題は、

「それらの基準値がどうなのか?日本や世界の基準より著しく低いのでは無いか?」

ということかもしれません。

 

日本よりも厳格な部分もある?

これについては、日本の農林水産省が「諸外国における残留農薬基準値に関する情報」というWebページでまとめていますので、こちらをご覧いただきたいと思います。

https://www.maff.go.jp/j/shokusan/export/zannou_kisei.html

このページでは、日本の基準と国際食品規格委員会(CAC・コーデックス規格)と日本からの農産品輸出の多い国の残留基準が記載されています。
主に日本の基準で生産している方が、輸出を行う場合に各国の規制に適合するかをチェックするという用途で制作されたものでは無いかと思われます。
※中国の情報に関しては、残念ながら2019年の古い標準の数値となっています。

この表の「茶」について記載した部分を見ると、中国の基準は一つ古い2019年のものですから、登録されている農薬数については、52項目(実際の標準では65項目)とかなり少ない登録数になっています。
日本やEUなどは、ポジティブリストで200項目以上の農薬の指定があるのでかなり心許なく感じますが、世界基準であるコーデックス規格では24項目のみですので、それよりは遥かに多く設定されています。
※中国はネガティブリストでの農薬コントロールを行っており、ここは制度の違いともいえます。

また、規制値の方をよく見ると、日本の方が許容値を高く設定しているものも散見されます。

「中国の方が規制が甘い」というのは、指定農薬の種類の面では、その通りかもしれません。
が、いわゆる世界基準であるコーデックス基準は、ほぼ満たしていますし、それ以上に厳しい項目もあります。

規制値に関しては、世界基準や日本の方が緩いものもあります。
2021年の新基準を見る限り、特段、中国の農薬基準が甘いというわけでは無さそうです。
このことは、案外知られていないのではないでしょうか。

 

市中の抜き取り検査の合格率は97%以上

「立派な基準を設けたとしても、それをあの広い国で徹底させることができるのですか?」
「中国では上に政策があれば、下に対策ありと言うんですよね?実際は、違法なものも多いのでは?」

というご指摘もあろうかと思います。

これについては、中国政府、地方政府が時折、市場で販売されている茶葉を購入して、抜き取り検査を実施しています。
茶葉だけではなく、食品全体の合格率は、農業農村部が発表している数値によると、97%以上の合格率であるとのことです。
100%では無いのですが、一般に流通している茶葉は、ほぼ基準を満たしている状態と思われます。

さらに、これらの茶葉を日本に正規に輸入する場合は、日本の食品衛生法に基づく、農薬検査等を受けることになります。
販売目的で正規の輸入を行った茶葉であれば、日本の基準に照らして輸入するわけですから、よりリスクは小さいと考えることができるでしょう。
※個人が海外通販などで購入したものや販売目的では無いとして申告された茶葉は含まれませんので、ネットオークションやフリマアプリ等の茶葉は素性が定かではありません。

 

今後は、中国の農薬基準の方が厳しくなる可能性も?

指定農薬数を増やし、基準値も年々厳しくしている中国ですが、今後はどうなっていくのでしょうか?
中国国内でも、まだまだEUなどの基準からすると基準値が緩いということは指摘されており、今後もさらに現場を見ながら、段階的に引き上げていくと思われます。
また、中国政府も有機などへの取り組みや農薬等に依らない生態的防除への取り組みに補助を出すなどして、農薬使用量自体を減少させていく意向を強めています。

なぜならば、中国では有り余るほどの茶の生産余力を持っており、今後は輸出へも力を入れていく計画だからです。
特にEU方面への輸出を本格化させることを検討しており、貴州省などの新規開発茶園では、最初からEU基準で茶園を開発・管理するような取り組みも進んでいます。
そうした茶園で生産されているのは抹茶なども多く、EUの農薬基準をクリアした、価格競争力の強い商品を投入しようと考えているわけです。

このようなことから、中国の農薬基準はさらにEUなどの先進国基準にまで、比較的近いうちに高まるのではないか、と考えられます。

 

一度、受けた印象というのは、なかなか書き換わっていかないものですが、情報を伝える立場であれば、最新の情報をチェックすることで、知識をアップデートしていく必要があります。
農薬の基準値等については、当社で運営している中国茶情報局等でも随時ご紹介していますので、活用いただけると幸いです。

農薬残留についての新しい国家標準が施行

 

次回は、8月1日の更新を予定しています。

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