第99回:貧困扶助を軸に回る中国の茶業ニュース

貧困扶助絡みの茶業ニュースが相次ぐ

中国のWebサイトなどで報じられる茶業関連のニュースを見ていると、最近は「貧困扶助」に関する報道が目につきます。

たとえば、政府直系の海外向け放送局である、中国国際放送局のこのような記事です(日本語・動画あり)。

陝西省平利県視察の習総書記「茶産業の発展で豊かになれる」_中国国際放送局
http://japanese.cri.cn/20200422/f8886cd2-f76d-d638-368b-52b43daad7a6.html

今年の4月に習近平主席が、陝西省の視察を行った際、茶産地である平利県を訪問したものです。

この時に撮影されたと思われる、習近平主席が農民と話し合っている様子を撮影した写真が、茶業ニュースなどでは大いに取り上げられています。
茶業は国家の最高権力者が非常に重視している産業である、ということを宣伝するためです。

このほか、貧困省として名を馳せていた貴州省の茶産地の様子は、連日のように流れてきます。
また、そうした産地に安吉白茶の品種である、白葉一号の苗を寄贈したニュース。
さらには、稀少品種として高値で取引されている黄化品種を栽培し始める貧困地域の様子なども流れています。

いずれもキーワードは、「貧困扶助」です。

 

中国の茶業は政治である

以前にも書いたことがありますが、中国において、茶業は間違いなく国策産業です。

第59回:茶業が国策であるということ

「中国において茶業が急速に伸びているのは、国策に乗っているからである」というのが、この記事の趣旨でした。

一時期は、習近平主席の打ち出している「一帯一路」に結びつけたものも多かったものです。
が、最近は手詰まり感が見えていること、往来自粛などの影響から、やや下火です。

それに代わって、最近は特に「貧困扶助」絡みの採りあげられ方が多くなっています。

 

貧困扶助とは

習政権の重要政策の一つに「ピンポイント貧困扶助(精准扶贫)」があります。
これは全国一律の政策では無く、その地域に合った産業を振興することによって貧困を脱していこう、というものです。

基本的に貧困が生じているのは中国においては、農村部。
それも道路事情なども恵まれない、山地などの地域であることがほとんどです。
手付かずの大自然しか無く、高齢化も進んでいるケースがほとんどです。

こうした地域に何か産業を・・・となったときに、有力な選択肢になっているのが茶業です。
茶業によって貧困を抜け出した成功例は、非常に多く、その中でも、インパクトの大きい3つの産地が「三安」として、よく紹介されます。
すなわち、

・浙江省安吉県(安吉白茶)
・福建省安渓県(安渓鉄観音)
・湖南省安化県(安化黒茶)

の3つの産地です。

 

中国における産業政策の展開パターン

中国の産業政策の展開には、王道と呼べるようなパターンがあります。

まず、規制などを大胆に緩和したモデル地区を設け、そこで特定の産業に特化し、成功事例を産み出します。
そこで上手く行った事例を元に、他地域に横展開していく。
経済開発特区などは、ほとんどこのパターンで展開を進めています。

現在、茶業を貧困扶助に適用することについては、拡大局面にあります。
「成功事例が積み上がっているのだから、茶が栽培できるところであれば、どんどん栽培せよ」という段階に入っています。

一方で、各地方政府のトップは、自分の実績を世間や党上層部に知らしめる必要があります。
そのための手段として、メディアなどにどんどん取材をさせて、報道させるようにしています。

今回のコロナの影響などで、「地元産の茶葉が売れない」ということになれば、地元政府のトップがライブコマースに生放送で出演し、セールスマンを買って出ることも多発しています。
以前、日本でも某県の知事が積極的にテレビ出演して、特産品を売り込んでいましたが、それと同じことをしているわけです。

トップ自らが旗を振って産業育成に取り組む姿を見せられますから、一般の人にも党の上層部にも、非常に分かりやすい。
自身の貧困扶助への取り組みをPRするチャンスになるわけです。

・・・と、このようなことから、貧困扶助絡みの報道は多くなっています。

毎日、中国から流れてくる茶業ニュースのうち、感覚的には約7割がこうした内容のものです。
特に貧困省として著名であった貴州省絡みの記事は、国内でのプレゼンスに比して、過剰報道と呼べるような状況になっています。
基本的に中国のメディアは政府の意向を伝達するのが第一義ですから、このような傾向を踏まえた上で、情報に接しなければなりません。
※当社で運営している中国茶情報局では、このような中国特有の事情を踏まえて、記事を選別し、宣伝記事の比率が高くなりすぎないようにしています。

 

貧困扶助が強調される過ぎるもう1つの理由

茶業と貧困扶助が非常に相性が良い、というのが、大きな理由の一つですが、もう1つ別の理由があります。

それは、今回のコロナに関しては、中国国内においても現政権の初動の遅さを指摘する声があるためです。
結果的に封じ込めには成功しましたが、やはり多大なるダメージを与えたことについては、マイナスです。

どこの国でもそうですが、何らかの政策的な失策があった場合は、自身の功績を喧伝することによって、マイナスを取り返そうとします。
「貧困撲滅」というテーマは、おそらく誰からも賛同を得られるテーマなので、この分野の情報発信を意図的に高めている可能性も高いと思います。
中国における政府とメディアの関係性を考えれば、これは自然なことだと思えます。

 

やや性急すぎる貧困扶助

貧困撲滅は、誰からも賛同を得られるテーマと書きましたが、現在、中国で行われている貧困扶助の政策は、やや性急すぎると感じる面もあります。
各地方政府のトップには任期があり、その期間内に実績を積み上げようとするため、強引に感じられるような集団移転、画一的な街並みなど、影の部分も感じられます。

冒頭にご紹介した、習近平主席の陝西省視察のマイクロムービーがありました。
宣伝のためのプロパガンダ色の強いものですが、この動画を見ていただくと今の中国で行われている貧困扶助が、かなり強引な面を持っていることも浮かび上がると思います。


茶業に関しても、まさにこの動画と同じようなことが起こっています。
一例を挙げると、

山を丸ごと茶園にしてしまっているケースなども多く、栄養分の補給は肥料頼みにならざるを得ず、長期的には品質の低下が確実です。
また、新たに開設した工場は効率優先の全自動化ラインを導入していることが多く、そうなると製法的には個性が乏しくなってしまい、競争力が疑問です。
茶葉の買い取り価格を農民に有利な金額に指定するため、茶業者から出荷される価格が不当に高く、市場で販売するのは骨が折れそうです。

等々。
短期間で産業を植え付けたものだけに、長期的な成功を保証するビジネスになっていないことが、大いなる問題だと感じます。
茶園の持っている地力が落ち始める、5~10年のスパンで見ると苦しむ新興産地が出てくることは間違いないでしょう。

 

次回は7月1日の更新を予定しています。

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