第176回:シャインマスカットの価格下落から、茶のブランド化について考える

かつての高級ぶどうの異変

今年ニュースなどでも話題になりましたが、近年、高級ぶどうとして名を知られていたシャインマスカットの価格が下落しています。

シャインマスカットは、30年以上も掛けて日本の広島県で品種改良され、2006年に日本国内で品種登録されたものです。
大粒で糖度も高く、香りに優れ、皮も薄手でパリッとした食感もあり、大変美味しいぶどうです。

実は私の親戚にはぶどう農家がおり、そこから入手したシャインマスカットを食べた私の知人は、「ぶどうでこんなに感動したことはない」と言うくらいでした。
それだけ美味しさのポテンシャルのある、ぶどう品種なのだろうと思います。

そのような特徴が数年前ぐらいから知られるようになった結果、それ以降は高値安定で贈答用としても非常に人気でしたし、一般的な認識では「高級ぶどう」でしょう。
しかし、最近はスーパーマーケットの店頭でも1房1,000円を切るような価格が当たり前になってきており、特に最近は500円台を切るようなものも目にします。

(参考記事)https://www.asahi.com/articles/ASR9H74H1R9HULFA03V.html

消費者としては「美味しいぶどうが、安くなって歓迎!」と言いたいところです。
が、そうした格安のシャインマスカットは食べてみても、あまり感動的な美味しさがありません。
皮は分厚く感じますし、糖度も今ひとつな気がしますし、なにより香りが弱い気がします。
このぶどうでは前述の知人も、おそらく感動はしないでしょう。

実際、卸値も昨年より20%安になっているという報道も耳にします。
「シャインマスカットが好評なので、シャインマスカットの木を増やした」という農家の話も聞いているので、これは由々しき事態だな、とも感じます。

”美味しいものが美味しいままに安くなって、生産者の人たちも沢山売れるようになって収入が増え、みんなハッピー”

というのが、全ての人にとっては理想なのですが、今の状況は、

”品質の低いシャインマスカットが大幅に増え、市場が荒れて価格が安くなり、生産者の人たちも頭を抱える”

という全く真逆の状態になっています。
誰も望んでいなかったシナリオです。

「一体、なぜこうなってしまったのか?」を考えてみたいと思います。

 

生産量増加と品質の低下

シャインマスカットが価格を下げていることには、いくつかの要因があります。
それらを簡単に列挙してみます。

1.生産量が激増している

まず、シャインマスカットの作付面積が急増しているということが挙げられます。
2006年デビューの比較的新しい品種ではありますが、2022年には栽培面積が1797ヘクタールにまで達し、巨峰(1621ha)やデラウェア(1627ha)を越え、トップの作付面積になった、とされています。
もっとも、これまでは”需要に供給が追いつかない状態”と言われていましたので、ひょっとしたら相応の面積なのかもしれません。

とはいえ、価格の土台を決めるのは需要と供給の関係ですので、生産量が一気に増えたことは価格低下の大きな要因の一つではあるでしょう。

2.輸出が不振である

一時期、話題にもなりましたがシャインマスカットの苗木は、韓国や中国などにも流出しています。
その結果、安価なシャインマスカットが出回り始め、日本産の高級シャインマスカットの輸出が不振になっているようです。
特に今年はその傾向が強いようで、一部の商品が国内に流れているので、値段が安い、という説もあるようです。

しかし、そもそも相場に影響を与えるほどの輸出量があったとは考えにくいので、これは軽微な影響であると思われます。

3.規格外品や十分でない品質のものも出回っている

生産量が拡大したということは、既存の農家の増産もあり得るでしょうが、新規参入の農家が増えたことも見ておく必要があります。

シャインマスカットは比較的栽培しやすい品種ということで、農家側の参入障壁も低いとされています。
それが生産面積の拡大を促したと思われますが、品質の高いものを作るのには、やはりそれなりのノウハウが必要ですし、また十分な手間をかける必要があります。
この点が不十分なまま生産をすると、良品の出来る割合が下がり、一定水準以下の品質の商品=規格外品が多く発生することになります。

規格外品というのは、一定の基準以下ではあるのですが、食べようと思えば十分食べられるものです。
傷などが付いていて見映えが悪い、皮が固い、実の大きさが揃っていない、糖度が足りない等々の理由によるものです。
当然、このような品物に付けられる値段は、良品からかなりディスカウントされた価格になります。
これが市場に出回っており、市場圧力になっている可能性があります。

規格外品をどう考えるか?

この規格外品の扱いは、農作物を生産する方が頭を悩ませる問題です。

規格外品というのは、問題なく食することが出来るものがほとんどです。
ゆえに廃棄などをするのは勿体ないですから、加工品の原材料として安く卸したりするケースもあります。
あるいは直売所等で大幅に安くしても捌いてしまおうとする場合もあります。
※私の実家では、こうしたぶどうがよくお裾分けとして回ってきます。

しかし、規格外品というのは本来の美味しさ・魅力には至っていないから「規格外」なのです。
当然、これらに付けられる価格は、良品の価格からすると格段に安くなりますし、その美味しさの魅力もやはり一定程度は割り引かれたものになります。
どうやっても本来の美味しさの水準には満たないものになってしまうのです。

ここで問題となるのは、

1.どの水準で規格外商品の足切りをするか?
2.規格外商品をどう処理するか?

という2つの問題です。

1については、シャインマスカットの「品質基準」ということになります。
しかし、ここで注意しておきたいのは「シャインマスカット」というのは、あくまで農研機構が開発し登録している「ぶどう品種」の名前です。
品種の権利者である農研機構が、各生産者に対して品質基準の縛りなどを課すことはありません。
よって、産地などが独自の規格などを設けていない限り、シャインマスカットの生産においては「守るべき品質基準」というのは、特にありません(※)。

※ただし、岡山県のように「晴王」「煌乃」などの独自のブランドを立ち上げており、明確な基準が設けられている場合は、これに準拠しなければなりません。
また、出荷の窓口となる各地のJA等が自主基準を定めている場合は、それに従ったものでないと出荷が出来ないようにしているケースもあります。

「シャインマスカット」という品種名をただ育てて販売するだけで、ブランドを管理するような団体や地域の組織などを介さない場合は、出荷基準は各自で決めることになります。
その出荷基準は、生産者の意向次第でどこまでも緩く出来ますから、価格はどこまでもダンピングされうるということです。

 

2については、非常に難しい問題です。
規格外品をどのように処理するかによって、生産者の収支は大きく変わってしまうからです。

簡単に廃棄をしてしまうとなると、売上がゼロになるだけでなく、処理費用も必要になり、マイナスになってしまいます。

しかし、価格を下げて市場に流せば、値下げ圧力となり、良品の相場を引き下げてしまう可能性があります。

それならば市場には乗らないような形で、加工品の原材料として提供するというのが、もっともスマートな解決策にも思えます。
が、加工品を製造する需要側の観点に立つと、ある程度のまとまった量を安定して購入できるということでないと、引き受けるのはなかなか難しいものです。
小規模なお店に卸す程度であれば、個人的な繋がりで捌くことはできるかもしれません。
しかし、ある程度の量をまとめるということになると、1軒の農家ではどうしようもないため、地域のJAなどが組織ぐるみで動き、需要家と交渉することになります。
大規模な投資をして工場を作ったものの、規格外品が入ってこないから操業できない、では買い手の企業側としては話にならないからです。

 

上記の2つのような問題を考えると、きちんとした価格を維持するためには、それなりの仕掛けが必要だということです。
各農家が自由に作って、自分で自由に基準を決めて、自由に販売しているだけでは、非常に良い商品であったとしても、価格下落や品質低下の悪循環に陥る可能性はきわめて高いのです。

そこで考えるべきことが「ブランド化」という考え方です。

 

夕張メロンの例

分かりやすい例として、夕張メロンの例を挙げます。

夕張メロンは、北海道の夕張市内で生産され「夕張キング」という品種で作られ、出荷基準を満たした赤肉メロンのことです。

果肉がオレンジ色をした赤肉メロンは現在でこそ一般的なものになっていますが、以前は果肉が緑色の青肉メロンの方が圧倒的に認知されており、逆風の中でのデビューだったと聞きます。
しかし、夕張メロンの生産者や地元などが、厳しい出荷基準や品質管理、そしてマーケティングなどに力を入れた結果、日本を代表するメロンのブランドになっています。

1株に付くメロンの数を3~4個に制限する、出荷時期を5月~8月の約3ヶ月に絞るなどの生産面での管理を取り決めたり、規格基準を明確化して、それ以下のものは夕張メロンとして出荷しない、などの厳しい出荷基準を設けています。
当然、規格外品が他産地のメロンよりも多く出るわけですが、これらも果汁や果肉を原材料として供給するとともに、有償で夕張メロンブランドを使用できるような取り決めを設けるなどして、ブランド全体で消化できるように仕組みを作っています。

(参考)「夕張メロン」に見る農産物のブランド・マネジメント https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2010920229.pdf

このように日本でも比較的早い時期から、農産品の「ブランド化」に取り組んできた夕張メロンは、日本の地理的表示(GI)の仕組みが2015年に始まると、その第1弾の銘柄として登録されています。

(参考)夕張メロンGI登録|夕張市農業協同組合 https://www.yubari-melon.or.jp/gi/

ブランドというのは宣伝だけではなく、生産管理や品質基準、規格外品の処理の方法、マーケティングなど様々な要素を絡めた複雑なものなのです。
このようなブランドを確立した結果、同じような赤肉メロンと比べると、平均価格が倍以上となっており、きちんとしたブランドを作ることが農産品の価値を高めることが分かります。

 

中国の名茶は、もはや単なる「銘柄」ではなく「ブランド」に移行済

さて、ここからが本題ですが、中国のお茶はどうなっているでしょうか?
実は、中国の名茶の多くは、従来の「銘柄」と呼べるものから、現在は「ブランド」と呼ばれるものになっています。

ここでいう「銘柄」というのは、「特定の製法で作られたお茶」ぐらいの意味合いで用いています。
たとえば、一芯二葉程度の芽葉を釜炒りで扁平状に仕上げたお茶を”龍井茶”と呼ぶ、というような具合です。

おそらく、日本の多くの方は、中国のお茶はこのような認識で命名されているものだと考えているのではないかと思います。
ゆえに四川省でも雲南省でも、日本でも、どこで作ろうが、釜炒りで扁平状に作ったお茶は”龍井茶”と呼ぶのだろうという程度の認識だと思います。

しかし、現実は全く異なっています。
1999年以降、中国は農産品を原産地域保護製品(後の地理標志産品)として登録し、知的財産としてブランドを保護する方向に向かっています。

その結果、「龍井茶」は中国の国家地理標志産品(地理的表示製品・GI)として登録され、知的財産権として保護の対象となっています。
具体的な定義も、国家標準によって厳密な定義が以下のように決められています。

地理的表示製品保護範囲内(※1)で摘みとられ、茶樹品種(※2)の必要条件に適合した茶樹の生葉を、伝統技術に則って、地理的表示製品保護範囲内で加工され製造されたもので、“色緑、香郁、味醇、形美”の特徴を有した扁形の緑茶。

※1 西湖産区(杭州市西湖区)、銭塘産区(杭州市)、 越州産区(紹興市など)の3地域
※2 龍井群体、龍井43、龍井長葉、迎霜、鳩坑種など龍井茶の加工に適するとされた優良品種

出所)国家標準『地理的表示製品 龍井茶』GB/T 18650-2008 より

このような条件が決められた上で、龍井茶のブランドを管理する諸団体に所属し、かつそれらの団体の審査に合格し、「龍井茶」ブランドの使用許可を得た生産者が生産した製品以外は、「龍井茶」を名乗れない、というところまで、厳しく管理されるようになっています。

もっとも、

「中国のことだから、それは書面上のことだけで、実際には機能していないのではないか」

というご指摘もあろうかと思います。

これについては、年々、厳しい取り締まりが行われるようになっています。
この「龍井茶」のうち、さらに地域を限定した最高級ブランドの「西湖龍井茶」の団体は、特にブランド管理に強硬姿勢を強めています。
生産した茶葉のトレーサビリティーQRコードを製品に貼り付けることを義務づけており、消費者が一目で正規品と分かるようにするシステムを構築しているほか、他産地品などの権利侵害

その結果、偽物の撲滅とともに、平均価格が年々上昇しており、現在では西湖龍井茶の一番茶の平均価格は1斤8000元前後の値で取引されています。
数年前の平均価格は1斤2000元前後でしたから、取り締まりが厳しくなったことで、正規品の価格が上昇しているという現象が生まれています。

 

これは龍井茶に限ったことではなく、現在、中国の地理的表示製品にあたる国家地理標志産品に登録されている名茶の数は数多くあります。
日本でも著名な茶葉であれば、洞庭碧螺春茶、安吉白茶、太平猴魁茶、黄山毛峰茶、武夷岩茶、安渓鉄観音、福鼎白茶、祁門紅茶、普洱茶、鳳凰単叢など、ほとんどの著名な茶葉が登録されている状況です。

そして、一部のお茶はEUとの間で相互認証協定を結んでおり、たとえば、シャンパンやゴルゴンゾーラチーズなどと同じような扱いで、EUでも中国国内と同様に保護されることになっています。

 

一時のブームとして品種を消費しない

さて、中国でもシャインマスカットのように、流行している茶品種がいくつかあります。
もっとも有名なところでは、安吉白茶などに用いられている「白葉一号」という品種でしょう。

元々は裕福ではなかった浙江省湖州市安吉県を一大茶産地に拡大した功労者ともいうべき品種で、アミノ酸含有量が5%以上と、通常の品種の3倍近いアミノ酸含有量を有しています。
この品種は、政策的なことから、中国各地の貧困地域などに多く導入されている品種です。

豊かな自然だけはあるが産業は無いという貧困地域に、この品種を植えて、新しい名茶を作り出し、第二・第三の安吉県のような茶業による成功事例を作ろうというわけです。
ただし、品種としてばら撒くだけではなく、各地域で銘茶ブランドの立ち上げも、また推奨しています。
たとえば、江蘇省常州市溧陽市の天目湖白茶、貴州省遵義市正安県の正安白茶などは、いずれも白葉一号品種を用いた茶ですが、別のブランドとして地理的表示製品に登録されています。

シャインマスカットのように品種だけを広げるのではなく、各地域にブランドを統括する組織を作り、そこで一定の出荷基準やブランドマーケティングを行わせるわけです。
これにより、白葉一号品種を用いた”安吉白茶の偽物”を広げるのではなく、独自の名茶を広げるという形を実現させようとしています。

 

今回のシャインマスカットのような素晴らしい品種を一過性のブームで終わらせてしまい、次の新しい品種の登場を期待していくという、”品種を消費”するスタイルが良いのか。
それとも、各生産者同士の調整は困難を極めると思いますし、様々なブランド管理・維持のコストは掛かりますが、各地域が独自の栽培方法や出荷基準を確立し、マーケティングを行いながら、独自のブランドとして育成していくのか。

一体、どちらの方が、消費者、生産者、流通業者など全ての関係者が、品種のもたらす”果実”を享受できるのか。
これは、今後の日本の農業を考える上でも、重要な視点になるのではないかと感じます。

 

次回は10月16日の更新を予定しています。

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