第178回:消費者にとってのお茶の”持続可能性”を考える

”持続可能性”は生産側だけではない

昨今、SDGsなどのキーワードで耳にするようになった”サステナビリティ”や”持続可能性”という言葉があります。

この言葉が出るときは環境問題などに言及されることが多いのですが、ありとあらゆる面で活かすことのできる考え方です。
日本にはそもそも”三方良し”という考え方があり、いまさら外国語を再導入する必要は本来無いはずなのですが、人間は忘れる動物なので、このような形で思い出すことは悪いことではありません。

茶業に関していえば、たとえば茶園の環境負荷であったり、安すぎる茶葉の価格などが挙げられます。

目先の経済効率性を追い、大量の化学肥料や農薬などを散布した環境負荷の高い茶園は、当然好ましい状態ではありません。
生態系のバランスを逸脱し、収奪するような生産方法では、地力の低下などを招き、長く品質を維持した生産をすることは叶わないでしょう。

また、消費需要に沿うという名目で、過剰な低価格に陥っているお茶も少なくありません。
低価格を実現するために、本来手を付けてはいけないはずの人件費や掛けるべきコストがカットされているのであれば、これも将来は暗くなるだけです。
茶業に携わる人々がきちんと将来設計を出来るだけの人件費が無ければ、担い手はいつまで経っても育ちません。
また、設備への再投資が出来ないままで、製茶工程の過剰な簡素化が進んでいけば、本来の茶の魅力は失われてしまうでしょう。

このような形で、生産側の”持続可能性”というのは非常に分かりやすいので、よく議題に上ります。
しかし、もう一つの側面として、「消費する側の”持続可能性”というのも無視できないのではないか?」と個人的には考えています。

 

入手性や情報のアクセス性が確保され、価格が見合うこと

消費する側の”持続可能性”という点で行くと、どのような要素が含まれるでしょうか?
パッと思いつくまま挙げてみると、

1.商品の入手性が良いこと
2.情報のアクセス性が確保されていること
3.価格が続けられる程度であること

あたりが主だった内容かと思います。
1つずつ掘り下げてみましょう。

1.商品の入手性が良いこと

続けていくためには、商品を欲しいと思ったときに、いつでも買える状態であることが望ましいです。
具体的には、

「近くに購入できる店がある」
「オンラインで手軽に買うことが出来る」
「在庫が潤沢にある」

といったことです。

どんなに良いと思っても、入手が困難であれば、続けることは困難になります。
普通に生活しているつもりでも、転居や転職、出産、介護等々、様々なライフイベントによって、これまで出来ていたことが、急に出来にくくなることもあります。
そのような時に対応できるかどうか、は持続可能性に影響を与えてくる事象です。

2.情報のアクセス性が確保されていること

お茶には競合となる嗜好性飲料が多数あります。
そのようなものと比較して選ばれ続けるためには、新奇性や話題性といった情報の”スパイス”が必要になります。

たとえば、新製品の情報であったり、商品の改良ポイント、あるいはセール情報など。
消費者の心を動かすような”お知らせ”が絶えずあることによって、お茶への関心喚起をし続けることができます。

このような情報に触れるためのルートを有していること、即ち情報へのアクセス性が確保されていることも必要です。

ダイレクトメールや冊子などの形でコストを掛けている茶業者もありますし、近年ではSNSを活用していることもあります。
いずれにしても何らかの形で、情報での結びつきを確保することが、持続可能性に繋がってきます。

3.価格が続けられる程度であること

どんなに良いと思ったとしても、経済原則に逆らって続けることは、決して容易ではありません。
そのような観点に立つと、価格が消費者が負担に感じない程度であることは、持続可能性を考える上で非常に重要です。

興味を持ち始めてから、少しの間は、ある程度のハイテンション状態に陥り、想像以上の出費をしてしまうということは趣味の世界などでは良くある話です。
その後、ある程度の相場感などが身についてきて、妥当な範囲に出費を抑えるという、理性的な行動をしてくれれば持続可能性は保たれます。

しかし、実際には趣味の世界では、このようなケースはあまり多くありません。
数年間の異常とも思える出費の時期を経た後、燃え尽きてしまい、ライフスタイルの変化などでその趣味から離れていく・・・というのは、よくある話です。

無理のない価格のお茶を味わう習慣が出来ているかどうかは持続可能性に大いに影響を与えます。
しかし、この点で、最近は少し気がかりなことがあります。

 

ステップアップが早すぎる

大原則として、嗜好品や趣味性の高いものに関しては、その金額について傍からとやかく言うのは意味があまり無いことです。

しかし、それでも最近のSNS等での動きを見ていると少し気になっているのは、茶葉の単価が異常に上がっていることです。
1~2回分と思われる、8~10gの茶葉で数千円というものを見ることも増えてきています。

それらのお茶の素性を聞くと、プーアル茶であれば著名な産地の古樹茶であったり、武夷岩茶であれば正岩茶区の中の小産地を指定したものだったり、鳳凰単叢なら高山の古樹茶だったり、コンテストの受賞茶だったり。
なるほど、そのくらいの値段はするだろうな、というお茶です。価格そのものについては、それほど違和感を覚えるものではありません。
嗜好品のジャンルでは、高級ワインなどを飲めば、そのくらいはするものも多数ありますので、特段、変な価格設定では無いと思います。

ただ、そのお茶に至るまでの茶の飲用歴がやや短すぎるのでは?と感じるのです。
入門編のお茶を飲んで、少し良いお茶を飲んで、その次にこの手のお茶・・・と進むのは良いのですが、そのスパンがあまりに短いのです。
どのくらい短いかというと、この1年ぐらいで飲み始めたばかりの人が、こうしたお茶を飲んでいるというケースもあります。

おそらくは、相場感がまだ形成されていない状態で、「周囲の人が飲んでいるから・・・」「お店の人が勧めているから・・・」ということで買ってみた、ということだと思われます。

この価格帯のお茶は、品質がずば抜けているはずですので、一般的なお茶と比較すると衝撃的な体験を得るかもしれません。
「お茶で衝撃的な体験をしてみたい」ということであれば、決して悪いわけではありません。

しかし、「過剰に良すぎるのでは無いか?」という感があります。
もう少しグレードが下のお茶でも、十分な差を感じることができますし、なにより費用的にも手頃で済むからです。
そのようなお茶があるにも関わらず、「高額なお茶を飲まないと感動は得られない」と体験的に学習してしまうと、持続可能性の点ではあまり好ましくありません。

なぜなら、その中間にある茶葉の適正な品質とそれを味わうという体感という経験を十分に積んでいないからです。
本来であれば、そのような茶葉をある程度飲みこなすことによって、

「このくらいの品質でも、普段飲みなら十分だな」
「普段飲みでも、最低限、このくらいの品質は欲しい」

という自分なりの適正な品質ラインと価格帯の相場感を養うことが出来るからです。
このステップを踏まずに、一気にハイエンドのお茶に行ってしまうと、後戻りするのが難しくなります。
そして、現在のこの価格帯のお茶を超えるものを見つけるというのは、量的にも価格的にも非常に難しくなります。

良いお茶を飲んだ後だと、どんなに適正な品質だったとしても、霞んで見えてしまうものです。
体験というのは、”自分史上最高”であるものを少しずつ積み重ねていくと、正の循環が生まれて習慣化されていきます。
しかし、”期待したほどではなかった”という体験が何度も続くと、今度は負の循環に入って行き、モチベーションはどんどん低下していきます。
特にやや背伸びをした出費を続けていた場合は、別の目標を見つけると、そちらに全面的に切り替わってしまうことがあります。

 

あの時、熱心に学んでいた人たちは何処に・・・

実は、これが中国茶の市場が伸び悩んでいる一番の原因だと感じている部分です。

これは私自身の体験談でもあるのですが、私が中国茶を学び始めた時期、一緒に学んでいた人たちがいました。
こうした人たちは非常に熱心な人たちであり、毎回、中国茶教室に通った後に、そのお店のショップで数千~数万円の茶葉や茶器を購入。
あちこちで開かれるお茶会やセミナーにももれなく参加し、台湾や中国への旅行にも積極的に出掛けたり、資格試験に挑戦するなど、精力的に活動されていました。
「お茶のことを知りたい」という一念で、全力疾走しているような感じだったと思います。

しかし、それから3~5年もすると、インストラクター資格や茶藝師・評茶員などの国家資格取得までしたのに、ほとんどの人は見かけなくなってしまいました。
これは下の世代の方を見ていてもそうで、一時期、熱心に活動していても、5年以上にわたり、長く続けられるのは稀なのです。

なぜ、続かなかったのかの理由を考えてみると、「急成長から安定成長への移行が上手く行かなかった」ということなのだろうと思います。
猛スピードで究めたい、という気持ちは、自分自身もそうだったので、非常に良く分かります。
しかし、猛スピードは一時期は続いても、長くは続きません。

3~5年くらいの年数が経つと、やはり一通りのやりきった感があったり、一巡したような印象になるものです。
さらに、多くの人には3~5年も経つと、何らかのライフスタイルの変化が生まれます。
そうしたタイミングで一気にドロップアウトしてしまうのです。

もし、遠くまで行きたいのなら、ダッシュするのではなく、歩くべきなのです。

本当により深く知るためには、長くお茶を飲み続けることが必要だと感じています。
確かに、ある程度の基礎が出来るところまでは、スピード感を持って進める必要があります。
そのようにすることで、様々な情報の真偽を取捨選択できるようになりますから、最初のうちは勢いに任せて突っ走るのも良いでしょう。

しかし、ある程度のところまで来たら、焦らず、自分のスタイルに合った適正なスピードを見つけ、その速度でゆっくりと進んでいくことです。
この感覚を持って、メリハリのある追究をしていくと、長く続けられる趣味になると思います。

 

業界側にも注意すべき点が

消費者側でも注意すべき点はあるのですが、業界側の方でも注意すべき点があると思います。

中国茶の市場規模は決して大きくないので、どうしてもお客様の絶対数は限られがちです。
それでも長年続けていけば、裾野は徐々に広がっていくはずなのですが、思うように広がっていないのは、これまで述べたような理由によります。
そして、それを生んでしまうのは営業スタイルに問題があるのではないかと感じています。

特に熱心な方は、商品や講座のお薦めをすると、どんどん購入してくださいます。いきおい、そうした方に依存した経営になりがちです。
そのような方々は、どんどん珍しいお茶を、よりマニアックな情報をとなるので、どんどんお茶の値段や情報が高度化していきます。
しかし、そこでどんどん押し込んでしまうような営業をしてしまうと、上記のように3~5年のサイクルでパンクしてしまいかねません。
新規顧客の開拓を別にできれば良いのですが、新製品がどんどん高くなる、マニアックになるとなれば、初心者は寄りつかなくなります。
常連の方と新規顧客の二本立ての商品ラインナップや見せ方が必要です。

極めて熱心な方々には、本来であれば、店側の方でも、急成長フェーズから安定成長フェーズへ移行してもらうような提案をしていくべきかと思います。
そのようなスピードを落としていく提案もしていかないと、結局、長期的な顧客やお茶の愛好家は育っていかないと思うのです。
いくら興味があるからとはいえ、毎年、旅行に数十万、講座に数十万、茶葉、茶器に・・・というような状況は、よほどのことが無い限り、長くは続きません。

たまたま興味を持った人に、3~5年間は売り込めるだけ売り込んで、その後は続かない。
また新しく興味を持った人が出て来たら、そこに対して売り込む・・・というような、焼畑スタイルの営業。
このような状況が続く限りは、いつまで経っても、裾野は広がっていきません。

とはいえ、これを具体化させ、経営を成り立たせるというのは、言うは易く行うは難しで、非常に難解なことです。

 

当社なりの取り組み

言いっぱなしでは無責任ですから、当社の取り組みを少し紹介したいと思います。

まず、当社では講座の茶葉の価格帯をできるだけ多様化し、相場感を養っていただけるよう教材茶葉の値段も公開するようにしています。
中国茶基礎講座オンラインを例にとると、一定以上の品質は確保した上で、

Sランク ・・・ 入手困難なレアグレード(1gあたり単価が200円を超えるもの)
Aランク ・・・ ごほうび茶として楽しめるもの(1gあたり単価が200円未満)
B+ランク ・・・ 上質な普段飲み茶として楽しめるもの(1gあたり単価が70円未満)
Bランク ・・・ 日常茶として楽しめるもの(1gあたり単価が35円未満)

というランク分けをし、それぞれのランクの茶葉をミックスするようにしています(教材茶葉代が受講料の半額相当となる設定)。
また、それぞれのお茶の値段が高い理由・安い理由も明確に説明することで、「中国茶は高い」のような単純な理解にならないよう努めています。
ハイエンドの体験を持つことは必要ですが、自分にしっくりくるレンジを見つけ、長く続けられる趣味にしていただきたいと考えています。

また、基礎をある程度固めた方には、「応用講座」や「研究講座」など、より深く学べる機会を提供しています。
基本的には茶種ごとに深く追究していくことになりますが、中国茶のお茶の種類は無数にありますから、これらに全て参加するとなると大変な負担となります。
そこで、情報だけをVTRで視聴いただくだけであれば、定額で学べるような「研究生」制度を設け、最新情報を学んでいくための費用負担を極力小さくするような仕組みも設けています。

上記は、あくまで一例ではありますが、今後もできるだけ”持続可能性”を高めるような仕組みを取り入れて、お茶の愛好家の裾野を広げていきたいと思います。

 

次回は3月1日の更新を予定しています。

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