市場には乗らない、水面下のブーム

今年、台湾を回っていて、少し気になったことに、高山産の東方美人茶の存在があります。
いくつかの茶農家が生産するなど、ちょっとしたブームになっているようで、阿里山産の東方美人茶などの名前を見聞きしました。

台湾の中部にある懇意にしている茶業者のところへ行くと、ここにも高山産の東方美人茶がありました。
「杉林渓でウンカが咬んだ茶葉があったので、試しに作ってみた」とのことでした。

テイスティングをしてみると、味わい自体は褒められたものではありません。
東方美人茶は綺麗に赤く茶葉が発酵していることで、甘い香りが生まれてくるのですが、このお茶の場合は青い部分と赤い部分がまだらになっていて、青い香りと甘い香りがぶつかってしまって、スッキリとした香りになっていません。
お茶のテイスティング評価としては、この時点で落第です。商品にはなりません。

しかしながら、高山茶特有の力強さや旨さがあるので、それなりに飲めてしまいますし、ウンカの咬害による甘い蜜香も確かに出ています。
人によっては「面白い」と感じるタイプのお茶です。
不完全なお茶であるがゆえに、淹れ方によって化けるお茶であるともいえ、茶人の人たちが好みそうなお茶です。

お値段を聞いてみると、品質に比して、決して安くはありません。
杉林渓の生葉なので、原価が高く、相応の値段になってしまいます。
このクオリティーでこの価格では、とても一般の流通には乗せられない茶葉です。

とはいえ、面白い茶葉ではあるので少しばかり購入し、ワークショップ「新茶を飲む」の飲み比べ材料の1つとして、飲んでいただいています。

 

東方美人茶と高山烏龍茶の製茶は別物

東方美人茶と高山烏龍茶。同じ烏龍茶なのだから、烏龍茶を作っている人ならば、簡単にできるのでは無いか?と思われるかもしれません。
が、それほど簡単にはいきません。

まず、素材となる生葉が全く違います。
東方美人茶は一芯二葉の細かな茶葉を摘んで作ります。
さらにウンカが咬んでいるため、非常に脆い茶葉を丁寧に発酵させていく必要があります。

東方美人茶の室内萎凋中の茶葉。細かな一芯二葉を摘む

一方、高山烏龍茶の場合は、大きく成熟した一芯三~四葉の茶葉を摘みます。
発酵作業の揺青(茶葉を揺すって発酵を進める)工程でも、かなり力を入れて長時間揺する作業をしないと、なかなか発酵が進みません。

高山烏龍茶の製茶中の茶葉。一芯三~四葉の成熟した葉を用いる

さらに製茶環境も大分違います。
東方美人茶の産地は、二大産地である新北市(石碇区、坪林区など)にせよ、桃竹苗地区(桃園、新竹、苗栗の市県の総称)にせよ、標高が低く、高温になりがちな場所です。
東方美人茶は主に夏場に作られるので、気温は30度前後で大変蒸し暑い環境の中の製茶になりますから、茶葉に含まれる酸化酵素の働きは活発です。
発酵程度を高めるには適した環境です。

一方、高山烏龍茶を作る地域は、標高が高く冷涼な気候です。
梨山などでは、夏場でも夜の気温が10度を下回ることがあるほどです。
気温が低ければ、酸化酵素の働きは鈍くなりますから、高山においては東方美人茶ほどの発酵程度まで高めるのは容易ではありません。

原材料も違い、環境も違うのですから、いくら高山烏龍茶を作り慣れている茶師でも上手くは行きません。
素人が製茶体験で作ったものと大差ないのです。

 

なぜ高山茶の産地が、東方美人茶を作るのか?

そのような明らかに向いていない産地で、東方美人茶を作るのは何故でしょうか?

その理由は色々なことが考えられます。
「去年講習会で勉強したから、作ってみた」というのも1つの理由でしょう。
が、大きな動機としては、東方美人茶が台湾茶の中では、珍しく価格が上がり続けている茶種だからということが挙げられると思います。

台湾茶の多くのお茶は、価格が非常に安定しています。
お茶屋さんの店頭に行っても、10年前の価格とあまり変わっていません。
価格の安定は一見すると良いことのように思えますが、低い価格で固定されている状態なので、様々な弊害が出ています。

まず、茶摘み人の人手不足は一層深刻になっています。人件費や資材費などの様々なコストは上がる一方です。
そのぶんを生産者のコスト削減努力によって、維持している状況です。
”コスト削減努力”といえば聞こえは良いのですが、長年価格が上がらないことで、絞れるところは絞りきってしまった”乾いた雑巾”のような状態になっています。
これ以上のコスト削減となれば、生産者レベルでは、圧茶機(通称・豆腐機。大陸の安渓では品質を損ねるとして使用が禁止されている)の導入を行うこと。流通段階では、外地産のお茶をブレンドするなど。
価格が上がらないがゆえに、品質を高める方向とは逆に向いている”コスト削減”を行っているケースが目につきます。

生産者は、今まで通りのお茶を作っていては、今まで通りの相場に引きずられて、価格を上げることはできません。
このような状態ですので、高値で売れる東方美人茶を自分のところの商品ラインナップに組み込みたい・・・という思惑もあるのだろうと思います。

ところで、東方美人茶の値段が上がり続けているのは、このお茶が繊細な一芯二葉の茶葉ではないと、本来の持ち味が出ないからです。
持ち味という点では、日本ではウンカの咬害による”蜜香”ばかりが取りあげられますが、それだけではありません。
一芯二葉の小さな芽から生み出される”毫香”や芽からの甘みに蜜香が加わることで、唯一無二の繊細な東方美人茶の風味が出来上がるのです。
大ぶりな茶葉を使ってしまうと、それが失われてしまうので、東方美人茶はやはり細かな一芯二葉が求められるのです。

そのため、コストを低減させるという発想では無く、そのコストを吸収できるだけの売価に引き上げるという戦略を取ったのです。
安易にコスト削減を行うのではなく、売価を上げる方向に持って行ったのです。
台湾茶が全般的に価格低迷にあえぐ中で売価を上げるというのは、かなり勇気の要る決断だったと思います。

価格を上げるために、様々な方策が練られました。
客家の生産者が多い新竹などは特に顕著ですが、コンテストなどの受賞茶を高値で買い上げるようにするなどし、高級茶のイメージを維持したこと。
さらに、大陸への進出を積極的に行い、需要の開拓に努めたことなどがあります(その際、客家のネットワークは無視できません)。

とはいえ、これらの方策が奏功しているのも、そもそも非常に小さな芽を使うなど、生産量がごくごく限られるという希少性が下敷きにありますし、さらに問屋などを通さず、直接、消費者と繋がっている自産自銷(自分で作って、自分で売る。生産者直売)の茶農家が多いという、流通経路の違いも看過できません。

市場規模が小さいゆえに、それを逆手にとって、産地や生産者が上手く立ち回ったことが、現在の東方美人茶の高値を生み出しているわけです。
高値が前提であるということは、当然高コストなお茶ということになるわけで、それに見合う品質の高さも求められますし、経営体としては高いリスクを負っています。
これは、「この道で行く」という生産者と産地の覚悟が無ければできないことです。
高山茶の産地が片手間に東方美人茶の生産をして継続性のあるビジネスにできるかどうかは、個人的には難しいだろうと感じています。

次回は8月31日の更新を予定しています。