第30回:”学びながら飲む”時代に必要なこと

急に脚光を浴びるお茶

変化の激しい中国茶の世界では、急に脚光を浴びるお茶が出てくることがあります。

新しい茶種が出てきたときの変化は、茶城の品揃えなどを見ていると特に顕著です。
店頭にその名前を掲げる店が急に多くなるので、すぐに分かります。
少し前ならば、正山小種の変種とも言える、金駿眉などはその代表格でした。

こうした1つの大きな茶種がクローズアップされることもありますし、1つの産地の中で、トレンドとなる商品が出てくることもあります。
安吉白茶の中で、製法は同じながら様々な変種が出てくることもそうですし、鳳凰単叢などでは香りのパターンに流行があります。
こうしたものは看板にはあまり反映されないのですが、今度は店内の商品のラベルが変わってくるので、店の中に入れば変化を感じることができます。
また、店員さんも旬のお茶を積極的にオススメしてくるので、その傾向も分かります。

今回、やはりな・・・と思ったお茶があります。
鳳凰単叢の一種である、鴨屎香(かもしこう)というお茶です。
単叢を扱っているお店では、このお茶を積極的に勧めてくることが多かったのです。

 

鴨屎香とは

香り高い単叢を多く生み出している、大烏葉というグループ(品系)の中から、近年独立してきたお茶です。
潮州出身の店員さんの話によれば、大烏葉の系統のお茶は黄枝香の香りのパターンになる傾向があり、このお茶も元々は黄枝香の1種として生産・販売されていたものだ、と解説されました。

この風変わりな名前のお茶には、セットで逸話が付いています。
非常に良い香りのお茶なので、敢えて酷い名前(鴨屎香=鴨の糞の香りという意味です)をつけてカモフラージュしたとか、どうとか。
最近は名前がやはり好ましくないということなのか、「銀花香」という名前で置き換えてくるケースもあります。

華やかで分かりやすい香りということと名前のギャップから、インパクトの大きいお茶なのでしょう。
さらに、新しい種類のお茶なので、積極的に生産しているのは平地や低山が中心なので、値頃感もあります。
話題性があるので勧めやすく、分かりやすい香りの高さ、値頃感と三拍子揃っており、店員さんにとっては、売りやすい商材なのだと思います。

最近では、この大烏葉系統のお茶の香り高さをより引き出すために、「抽湿法」という作り方も出てきています。
この製法で作られたお茶は、清香型鉄観音と似た雰囲気の青っぽい単叢で、香りが一層強調されることから、上海などでも出回るようになってきています。

 

「茶文化を学ぶ人が増えたからね」

「どうして最近、急に鴨屎香が流行しているのだろうか?」ということを、件の定員さんに投げかけたところ、返ってきた言葉がこれでした。

この場合の「茶文化」という言葉は、日本人や台湾人のイメージする「茶文化」よりも、意味合いが広くてハードルの低いものです。
「お茶の種類には何があるか」「どういう作り方をしているか」「産地はどこか?」というお茶の基礎的な知識から始まり、歴史や文化、風習などを広く学んでいく・・・というほどの意味です。
今回の店員さんの口ぶりでは、特に序盤に重点が置かれ、「お茶の基礎的な知識を学びながら、お茶を飲み始める人が増えた」というニュアンスでとらえているようです。

勉強しながら飲んでいく人にとっては、ストーリー性もあり、お茶とは思えないような香り高さのあるものだから、好まれる。
そういう人たちが増えているから、このお茶も売れているんだと思うよ、ということでした。

 

種類の豊富さ+分かりやすさ(伝えやすさ)が鍵

「様々なお茶を学びながら飲んでいく」というスタイルを考えてみると、「分かりやすさ」というのも重要な要素です。
たとえば、単叢についていえば、2010年にできた広東省の地方標準『地理的表示製品 鳳凰単叢(欉)茶』の中で、香りのパターンとして十大香型というものが提案されました。

鳳凰単叢の産地では、品種にまでなっていない亜種(品系)が多く存在し、それぞれに特徴的な香りを有しています。
それらの樹に名前を付けていくのは、品種茶以外は地元の農家の間で行われることがほとんどのため、命名のルールや規則などに一貫性が無く、部外者には分かりづらいお茶でした。

それが、十大香型というものが定義されることによって、ある程度のガイドラインが設けられたことになります。
当然、その枠から微妙に外れるものも数多く出てくるので、産地内でも「この十大香型は、まだ暫定のもの」という考え方が支配的ではありますが。
※現在も「○○香」のような名前のものだけでは無く、地名を冠したもの、樹形を表したもの、葉の形を表したものなどが未だに混在して、商品名となっています。

とはいえ、十大香型のような枠組みで整理されると、”学びながら飲む”タイプの方にとっては、非常に分かりやすく感じます。
そして、名前の挙がっている「十大香型をまずは一通り飲んでみたい」という気持ちが起きてきます。
初心者にも分かりやすい分類・定義づけがあると、実は需要が喚起されるのではないか?と感じます。

 

これはあらゆることに当てはまると思います。
当事者にとってみると、種々の事情を了解していますから、様々な種類があることが魅力だと喧伝します。
が、部外者から見ると、一見、無秩序に見えるような種類の多さは、分かりづらく敬遠してしまいたくなるものなのです。
当事者の言う「奥が深い」は、部外者にとっては「どこへ連れて行かれるか分からない」という不安要素でしかありません。

お茶はそもそも品種や産地、製造法などで、いくらでも細分化が可能という性質があります。
むやみやたらに「種類が豊富で、奥が深い」ことをPRするのではなく、分かりやすく整理・分類し、それを受け手の理解度に合わせて適切に紹介していくこと。
こうした、知識や情報というソフト面の整備が、お茶から距離を置いてしまっている消費者層の取り込みには、絶対的に必要ではないかと感じます。
この層は、まさに急須すらも持っておらず、「学びながら飲む」必要のある人たちなのですから。

 

次回は12月20日の更新を予定しています。

 

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