第31回:新しい茶文化を創る好機は「今」

今年の初めから更新してきたこのブログも、年内の更新はこれが最後になります。
そこで、年内の締めくくりになるようなテーマを1つ採りあげたいと思います。
マーケティング視点で、茶業界の現状を捉えてみようという試みです。

イノベーター理論

マーケティングを少し勉強したことがある方であれば、イノベーター理論という言葉を聞いたことがあるかもしれません。
ある商品が、その市場に受容されていく際、その商品を購入する消費者の態度を5つに分けたものです。
一般には、以下のように分類されています。

  • イノベーター(Innovator)
    • 革新者。新しいものを進んで取り入れる人。市場の2.5%。
  • アーリーアダプター(Early Adopters)もしくはオピニオンリーダー(Opinion Leader)
    • 初期採用者。情報感度が高く、流行に敏感な人。他の消費者層への影響力もある。市場の13.5%。
  • アーリーマジョリティ(Early Majority)もしくはブリッジピープル(Bridge People)
    • 前期追随者。平均よりも早く新しいものを取り入れるが、慎重派。市場の34%。
  • レイトマジョリティ(Late Majority)もしくはフォロワーズ(Followers)
    • 後期追随者。周囲の多くの人が導入してから同じ選択をする。新しいものに懐疑的。市場の34%。
  • ラガード(Laggards)
    • もっとも保守的で流行などに関心が薄い。伝統化するまで採用しない伝統主義者。市場の16%。

分かりやすくイメージするために例を挙げたいと思います。
新しいサービスということで携帯電話をイメージしてみましょう。

最初は、電話端末の初期投資や通信料も高く、端末も重くて電池が持たないし、基地局が少なくて通話エリアは狭い、という、実に不便極まりないものでした。
が、ごく一部のビジネスユーザーなどが「イノベーター」として、商品を使い始めます。

次に、情報感度が高そうな方が雑誌などの記事を読んだりして興味を持ち、「アーリーアダプター」として参入。
そうした方々が、携帯電話の便利さなどを声高に主張するようになりました(オピニオンリーダー)。

そのような声が多くなったタイミングで電話会社側が一気に値下げをしたり、写真がメールで送れる(「写メール」)などの利便性が伝わってきます。
そうなると、気にはなっていたけれど、料金に二の足を踏んでいた方も面白そうだと「アーリーマジョリティ」として参入します。

周りの半分ぐらいの人が携帯電話を持つようになると、持っていない人は「何でケータイ持ってないの?」などと言われることにプレッシャーを感じ始めます。
そういうタイミングで料金値下げや端末0円などのキャンペーンが始まり、それなら・・・ということで「レイトマジョリティ」の方々が参入します。

そして最後に残った人が、家族割などで持たされたり・・・という形で、参入しますが、今でも携帯電話を持たない人もいます。
これが「ラガード」というわけです。

携帯電話の出始めから現在までを見てきた方にとっては、非常にイメージしやすい例だと思います。
消費者層が変わるタイミングで、印象に残るようなキャンペーンであったり、業界側からの働きかけがあることも大切です。
顧客が勝手にできるわけでは無いので、企業側が適切なタイミングで適切な施策を打たなければ、市場は育たないのです。

 

ペットボトル茶の普及も説明可能

このイノベーター理論、お茶の業界で考えてみると、一番分かりやすいのはペットボトル茶などの茶飲料の普及かもしれません。

最初はそれこそ特殊な用途でしか飲まれなかったものでした。
しかし、味わいの改善、販売経路の多様化、ペットボトルの導入、参入メーカーの増加、印象的なテレビコマーシャルなど、様々な手を打つことによって、新しい顧客を獲得し、市場を拡大してきました。
今やレイトマジョリティの層までは明らかに浸透していると思いますし、茶飲料を飲んだことがないという方は、おそらく少数派でしょう。

1985年の缶飲料登場から、わずか30年あまり。
その程度の期間で、日本の消費者のかなりの層が、お茶を茶飲料経由で摂取するように変わってきているわけです。

「ペットボトルのお茶などは・・・」という方も茶業界には多いのですが、なぜ、このように成功したのか?を冷静に分析することも必要だと思います。

 

茶文化は変容するもの

同時にお茶の飲むスタイル、言葉を大きくして言うならば「茶文化」というものは、こうも簡単に変わってしまうものだ、ということを認識する必要があります。
消費者のニーズと提供側の適切なマーケティング施策が重なれば、簡単に違う方向に向かうのです。

これを嘆くか、チャンスと見るかは、人それぞれでしょう。

旧来のお茶の消費スタイルに依存した経営をしていれば、このような変化は到底受け入れられるものではありません。
そうなれば「日本人ならば・・・」というような道徳的価値観を持ち出してでも、この風潮は誤りであると声高に主張し、変化を止めようとするでしょう。

しかし、それは上手く行かないことがほとんどです。

なぜなら、消費者のニーズに合っていないからです。
さほど思い入れも無いものに対しては、どうやって簡便化するかを考えるのが人間だからです。
さらに言うならば、道徳心などを刺激するようなやり方は、消費者の反発を招き、ますます離反を促進させるだけです。

 

一方、「お茶のスタイル・文化は変化させられる」ということをチャンスと捉えれば、見ている全く世界は変わります。

これまでの高度経済成長期。黙っていてもお茶が売れる時代を経験したことで、「お茶は無料で出てきて当然」「お茶にお金を払う気はおきない」という、明らかに産業としては大失敗と思えるようなイメージを消費者に持たれてしまっていました。
その結果、「安くなければ売れない」という典型的なデフレ思考に陥り、茶価が下げ止まらない現状を生み出しています。

 

しかし、「消費者の価値観は適切なマーケティングを行えば変えられる」と捉えれば、

「お茶はお酒やコーヒーのように、色々な味わいがあって楽しめる飲み物だし、ファッショナブルに飲めるものだ」
「良いお茶には手間ひまがかかるので、相応の値段はするが、その価格を出してでも味わう価値があるものだ」

という新しい価値観を定着させることで、より高単価な高級茶のマーケットを広げることも可能になるかもしれません。
これこそが、イノベーション(革新)です。

 

イノベーションの7つの機会

このようなことを言いますと、「そんなこと、できるものか」と反論されるかもしれません。
当然、無風の状態では難しいでしょう。

しかし、変化が起きやすいタイミングというものがあります。
経営学者のピーター・ドラッカーは、イノベーションの「7つの機会」というものを、以下のように挙げています。

  1. 予期せぬことの生起。予期せぬ成功、予期せぬ失敗、予期せぬ出来事。
  2. ギャップの存在。現実にあるものと、かくあるべきものとのギャップ。
  3. ニーズの存在。
  4. 産業構造の変化。
  5. 人口構造の変化。
  6. 認識の変化、すなわち、ものの見方、感じ方、考え方の変化。
  7. 新しい知識の出現

それぞれを詳しく見ていくと、いくらでもその糸口はあると思います。
その中でも最も大きく、分かりやすいのは、人口構造の変化と認識の変化だと思います。

 

お茶に対してニュートラルな世代が増加

先に挙げた、「お茶は無料で出てきて当然」という考え方は、実は茶産地や茶業関係者以外では、もはや一般的ではありません。
そのような考え方になるのは、自宅に急須があり、会社でも「お茶汲み」という習慣が残っていたような時代で、長らく過ごした方の発想です。
世代でいえば、おそらく団塊ジュニアよりも上の世代。
すなわち、45歳以上の方の考え方ではないかと思います。

それ以下の世代の人は、茶産地や茶業関係者というような例外を除けば、そこまでお茶を身近に感じて来なかった人が多いと思います。
茶飲料が発売された1985年に生まれた人でも、既に30代です。
物心ついた頃には、既にペットボトルのお茶があった時代であり、そういう時代を生きています。

となれば、「お茶は安いもの」「無料で当然」というような、古い価値観は無く、お茶に対してニュートラルな印象の方が多いのかもしれません。
それどころか、ペットボトル茶であったとしても、お茶を飲むためにはお金を払うという習慣が身についているわけです。

仮に45歳以下と考えれば、日本の人口のおおよそ半分。
これだけの消費者層が、お茶に対してニュートラルな状態に戻っていることになります。

こうした方々に、たとえば、お茶の多様性や飲料としての面白さを、魅力的な形で伝える。
なんとなくお茶を消費してもらうのではなく、全く新しい文化として、お茶を学んでもらい、より深く知ってもらった上で、飲んでもらう。
さらには茶産地などへの旅を通じて、産地とも繋がっていく・・・

このようなスタイルでお茶を飲む消費者層が生まれたら、どうなるでしょうか?

実際、中国茶や台湾茶の愛好者、一部の紅茶の愛好者などは、このようにしてお茶を追求している方がいます。
日本茶でもそうした動きは少しずつ出て来ています。

あとは、この裾野をどれくらいまで広げられるかです。

 

行動あるのみ

そのためには、さらに魅力的にお伝えしていくにはどうするかを徹底的に考え、考えるだけでは無くて、実際に投入してみて反応を見る。
ダメだったら、また改善して、もう一度出してみる。
このような、いわゆるPDCA(Plan-Do-See-Action)のプロセスを高速で回していく必要があります。

何が正解かは、まだ誰も分からないわけですから、とにかく試行錯誤あるのみだと思います。
考えているだけでは世の中変わりませんし、何も動きません。

 

最近は、お茶の魅力に気づく若い方も増えてきており、様々な取り組みをする人も増えてきました。
そうした方々が、年輩の方の心無い一言で、心を折られてしまうこともあるようです。

が、そんなものは、ある程度聞き流してしまって良いのではないか、と思います。
価値観を変えようとしているのですから、古い価値観を持つ人が拒否反応を示すことは、当然のことなのです。
そこで消耗せず、自分たちが信じる「新しい価値観」をもっと磨き上げ、伝える努力をすること。
ここに集中した方が良いと思います。なにしろ、やるべきことはたくさんあります。

人口構造から見ても、今は、まさに夜明けのタイミングです。
風は来ているので、あとは意思のある人が帆を上げて進むだけだと思います。

 

 

次回は1月10日の更新を予定しています。

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