第123回:お茶の評価が難しい理由

お茶の評価は難しい

ここのところ、個人的に行っているYouTube の動画を作成する際、企画上、お茶の評価をしなければならない局面が出てきています。

お茶の評価というのは、ある意味で簡単で、ある意味で難しくあります。

評茶員などのトレーニングなどである、個人の好き嫌いを排除し、価格も考えず、単にそのお茶の品質だけを純粋に考えるのであれば、品質の差が僅差でない限り難しくはありません。
なぜなら、純粋にお茶の好ましい成分の豊富さ・好ましくない成分の少なさを判別するだけなので、これはある程度のトレーニングを行えば、簡単であるとも言えます。
※ほぼ同レベルの中から選ぶとなると難しいのですが、格段に差があるものを比較するのは、かなり容易です(外観だけでも、すぐ分かったりします)。

が、ここにコストの概念が入ってくる「商品」の評価となると途端に難しくなります。

今日はなぜ、お茶の「商品」の評価が難しいのかについて、考えてみたいと思います。

 

高品質な茶葉=高品質な生葉=高価

基本的に、高品質のお茶は、原材料である生葉の品質が高いのですが、そうしたお茶は生葉自体が高価です。
高価になる要因は多数あります。

たとえば、生産地域の海抜が高い、茶樹が古樹であるなど、先天的な状況に恵まれている茶園の生葉である場合です。
こうしたお茶は、生産量に限りがある反面、品質の良い茶葉になることが知れ渡っていて引き合いが多くなりますので、当然、需要と供給のバランスで価格は高くなります。
プーアル茶の名産地で作られる古樹の原料がビックリするほど高かったり、台湾の高山烏龍茶でも標高が高いとお値段が高くなりがちなことでも、分かりやすいかと思います。

さらに、茶摘みの細かさや丁寧さによっても価格に差が出ます。
たとえば、まだ、まばらにしか出ていない、非常に小さな新芽を一つ一つ摘むような、明前龍井茶の一番茶の茶摘みと、ある程度大きくなった茶葉をざっくりと摘んでいく穀雨前後の茶摘みでは、生葉1枚あたりの摘採コストは天と地ほどの差があります。
これは当然、価格にも影響しますが、品質的にもうまみ成分の豊富さと渋み成分の多寡に直結するので、品質との間にも密接な関係があります。

このような高額な原材料を使って生産したお茶の品質が高いのは、ある意味、当たり前です。
製茶工程で、よほどのミスをしない限り、有名茶師でなくても高品質なお茶に仕上がることでしょう。

 

費用対効果は逓減していく

それならば、良いお茶を買うのには、やはり価格が大事なのか、ということになるのですが、これが悩ましいところです。

一定の水準の価格までは、コストに比例する形でお茶の品質は高まっていきます。
しかし、品質がある水準を超えると、そこからは費用対効果が著しく悪くなっていきます。
たとえば、グラフにしてみると、こんなイメージです。

このグラフは、いわゆる相場感で、それぞれのお茶で形や傾き、大きさが異なります。
もっと角度が急なものもあるでしょうし、そこまで高級なものが無いお茶、あるいは安いものが無いお茶、というのも存在します。
各茶業者やそのお茶に詳しい消費者は、ここまで明確でなくても、おぼろげながらもイメージを持っていて、それを頼りにお茶を購入していると思います。

ただ、いずれのお茶にも共通するのは、ある程度の価格を超えたら、そこからは費用対効果が非常に悪くなるということです。

このため、普通の茶業者であれば、自分の店で基準としたいお茶の水準を睨みつつ、「いくらならばお客様に買っていただけるか」を考えながら仕入れを行うことになります。

往々にして、高価で稀少な高級茶ほど価格交渉の余地はありません(良質なお茶は、他に欲しい人が多いので、売るのに困りません)ので、どこで予算との折り合いをつけるかを探ることになります。
あるいは、絶対的な品質は多少劣っていたとしても、お客様にお勧めしやすい、分かりやすい特徴を帯びた(特徴的な香り・味がある等)お茶を仕入れる、というような形で、着地させることもあります。

 

合格ラインの設定は、店次第

どこに合格ラインを設定するかは、お店のコンセプトやお客様の状況に応じて変わります。

品質に厳しいけれども、価格的には許容範囲が広いお客様が多ければ、品質の高い高級茶も安心して買い付けできるでしょう。
しかし、そうしたお茶は、入門者には手の届かない価格帯になってしまいがちなので、場合によっては敷居が高いと感じられてしまいそうです。
一方、品質よりも価格を重要視するお客様が多ければ、いくらバイヤーが気に入ったとしても、高級茶の仕入れは見送り、売れ筋の価格帯の商品の中で最善を探す、ということになります。
こうしたお店では、ある程度のマニア層が好むような高級茶の取り扱いは数量限定以外では、基本的には無いでしょうが、その分、初心者の入店のハードルも低く設定できます。

このいずれを”良いお店”と推薦するのかは、非常に難しいものです。
品質の絶対値が高いお茶こそ正義となれば、前者のお店を紹介するでしょうが、お茶がそこまで高級な飲み物ではないと考えている方にとっては、ミスマッチであり、双方にとって不幸な結果になります。
入りやすさを重視して、後者を紹介してしまえば、品質的に納得できない場合、これまたミスマッチが生じ、双方にとって不幸な結果になります。

どこかのお店を紹介するというのは、非常に難しいものです。
さすがに「いくら出せますか?」と聞くわけには行きませんので、基本的には価格帯をある程度、明示して、受け取る側の方にご自身で判断していただくしかないかと思います。

 

合格ラインとそれに達しないが良いお茶

話を元に戻して、お茶の評価についてです。

何かを評価するためには”基準”が必要です。
その”基準”を上回っていれば、合格ですし、それ以下ならば失格ということになります。

個人的には、「その銘柄ならではの良さ・特徴が感じられるかどうか」を合格ラインと考えています。
たとえば、冒頭の写真のような祁門紅茶であれば、祁門香と呼ばれる独特の甘い香りがあるかどうかを判断基準に置いています。
紅茶であれば、基本的には、どれも発酵による甘い香りがありますが、それとは少しニュアンスの違う香りです。

これがあれば基本的には”良いお茶”に分類します。
そのラインのギリギリ上ぐらいの価格のお茶が、おそらく一番お買い得なお茶になるかと思います。
中には、それを大きく上回るお茶もあるのですが、そうしたお茶は、やはり高額になりがちです。
お値段が相場よりも高く感じるのであれば、当然、これはちょっと高いですよね、という注釈が付くことになります。

問題なのは、むしろ「その銘柄ならではの良さ・特徴は無いが、値段を考えるとよくまとまっていて美味しいお茶」です。
とても祁門香が感じられるような予算では無い100g800円程度で、実際、祁門香は感じられず煎も全然効かないものの、1煎限りであれば、渋みの少ない飲みやすい紅茶である場合などです。
同価格帯の同じ名前の付いているお茶は、お世辞にも美味しいとは感じない紅茶が並んでいる中で、嗜好品レベルでは無いものの日常的に消費する紅茶としては、それなりに美味しく飲めるお茶・・・となると、判定に困ってしまいます。

「この価格帯で、この品質なら十分だし、それを見つけてくるバイヤーさんの手腕は凄い」と思う反面、これを認めると、先程挙げた”基準”からはブレてしまいます。
そうなると、「嗜好品レベルのお茶ではないが、普段飲みなら十分」というような妥協した結論を出すしかありません。
こういうお茶に出くわしてしまうと、大変困ってしまいます。

これは”価格”という軸が加わってのことですが、さらに”個人の好み”が加わってくると、より難しくなります。
たとえば火入れが強めの烏龍茶を好む方ならば、高価な清香系の烏龍茶よりも、品質の低いお茶だったとしても火入れが強いものを好みがちです。
こうなると品質よりも、むしろ火入れが好みかどうかの問題になってしまいます。

このように、評価軸をどう考えるか次第で結論が異なってしまうわけです。
もちろん品質というのが評価のベースにあるわけですが、知れば知るほど、品質だけで評価を行うことの難しさも感じます。
お茶の評価というのは本当に難しいものだと思います。

 

次回は7月16日の更新を予定しています。

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