セミナーで感じたこと
昨年の3月から始めた、「標準」を読むというセミナーシリーズ。
先月末から第6回の「黒茶の標準」が始まり、これで中国茶の六大分類を約1年間で一回りしたことになります。
このシリーズは東京をメインとして開催しつつ、札幌、名古屋、京都、広島でも開催してきました。
現在までで回数にして57回、のべ人数で約700名の方に受講いただいており、これは当初の想定を大きく超えるものでした。
受講者層も、中国茶を勉強中の方はもとより、既にインストラクター資格などをお持ちの方。
さらにはお店を開業されたり、講師をされているなど、プロフェッショナルとして活躍されている方にも、多くお越しいただいています。
そうした様々なステージにある参加者の方からいただいた、多くのご質問や反応は大変貴重なものでした。
今回のセミナーでは、国などが作成する「標準」に書かれているオフィシャルな言葉の定義を確認しつつ、お話をしていきました。
体系的に何かを学ぶのであれば、1つ1つの言葉の定義を曖昧さを排除した形できちんと行い、それらを論理的に積み重ねていくことが必要になります。
現在、中国で真っ当に茶を教育する現場で行われているのは、まさにそのようなスタイルです。
こうした内容を参加者の方に聞いていただいたのですが、「やはり、そうか」と感じたことがあります。
言葉の定義の曖昧さが、混乱を生む
それは、中国茶を理解する上で最も基礎となる用語の定義・理解が、人によってマチマチであるということです。
これは学んだ方の問題というよりも、学ぶために読んだ書籍やテキスト、あるいはWebサイトの記述に、かなり揺らぎがあることに理由があります。
趣味で単なる蘊蓄として話す分には構わないのですが、体系的に学んでいこうとすると、この揺らぎは非常に厄介になります。
とりわけ、六大分類など製法に関わる根本的な用語についての定義が、人や書籍によってかなり違っていることが多く、それが混乱を生んでいます。
具体的に例を挙げて説明をします。
たとえば、緑茶の製法です。
緑茶は製造工程によって、香味に大きな違いが生じます。
具体的には、それぞれのお茶の殺青と乾燥方法の違い(すなわち茶葉に与える加熱方法の違い)で香味が違うので、それをもとに分類しています。
いわゆる、炒青(しょうせい)緑茶、烘青(こうせい)緑茶、蒸青(じょうせい)緑茶、晒青(さいせい)緑茶の4種類です。
これを整理をすると、まず殺青方法に「釜炒り」と「蒸し」の違いがあります。
この2つは香りに与える影響が大きく違います。
中国の多くのお茶は釜炒りを採用していますので、中国では特殊ケースとなる蒸し製のものは「蒸青」という1つのカテゴリーでまとめられています。
釜炒り殺青のお茶は、その後どのような乾燥工程を経るかによって、香りのパターンがさらに細分化できます。
まず、釜の中でそのまま乾燥まで仕上げるタイプのお茶は、釜炒りによって直接的な熱が茶葉に加わって成分が変化するため、龍井茶のような香ばしいタイプのお茶に仕上がります。
これを「炒青」というカテゴリーにしています。
次に、釜炒りした後に焙籠や乾燥機に入れて、輻射熱を利用して乾燥させるお茶もあります。
これは茶葉そのものに高温の鍋が触れるわけでは無いため、太平猴魁のように仕上がりとしては香りが清らかで、花のような香りの残るタイプのお茶になります。
これを「烘青」というカテゴリーにしています。
最後に、釜炒りしたお茶を天日で乾燥させるお茶もあります。
太陽に晒すことによって、天日干し独特の香味がつきます。これを「晒青」というカテゴリーにしています。
また、天日での乾燥は、他の方法と比較すると、高温にはならないため、殺青の際に失活できなかった酸化酵素の一部が残存します。
その特性を活かして、後発酵が必要な黒茶に用いられることがあります。
以上、4種の違いを整理して並べると、以下のようになります。
<緑茶の製法による分類>
蒸して殺青 -【蒸青緑茶】
釜炒りで殺青-(乾燥方法) 釜炒り【炒青緑茶】 輻射熱【烘青緑茶】 天日干【晒青緑茶】
上記は、国などが制定している標準にほぼ従った記述のはずなので、書き方の違いがあっても同じ内容になるはずです。
しかし、一部のテキストや書籍では、なぜか「殺青方法の違いで、4つに分類される」と書いてあります。
冷静に考えれば、天日干しで酸化酵素が失活するほどの温度になるはずが無いので、ある程度、学んだ方であれば、この記述が間違いであることに気づきます。
しかし、初めて学習する方は、何が間違っているのかが分かりません。
結果、テキストの内容を信じ込んで学んで行ってしまいます。
その結果、天日干しでも殺青が完了してしまうと勘違いし、なぜプーアル茶の製法の過程で釜炒りをするのか、理由が分からなくなり、混乱してしまいます。
このように、基礎となる用語の定義を間違えて覚えてしまえば、その上に新しい知識を積み重ねれば積み重ねるほど、不安定になるのです。
また、中国の緑茶の製造過程においては、殺青を行う前に、茶葉を直射日光の当たらない場所でしばらく放置する工程があります。
これは「攤放(たんほう)」と呼ばれ、茶葉に含まれる水分を調整するとともに、青みを抜くことを目的としています。
酸化酵素の働きを活性化させないよう、直射日光の当たらない、風通しの良い場所に置くなどの配慮がされており、その点で太陽光に当てたり、温風などで発酵を促していく「萎凋(いちょう)」とは本来区別されるべき工程です。
しかし、一部の書籍やWebサイトの記述では、殺青前の放置している工程を見て「実は緑茶も萎凋をしているのだ」としています。
こうした何気ない記述は、初心者の方にとっては、さらに混乱を生みます。
「緑茶は発酵をさせないお茶だと聞いていたのに、なぜ、烏龍茶や紅茶と同じ”萎凋”という工程があるのだ?」と疑問に感じてしまうのです。
緑茶も萎凋をすると言われれば、「緑茶の萎凋と烏龍茶と紅茶の萎凋はどう違うのか?」というのは、突き詰めてものごとを考える方ならば、当然の疑問です。
しかし、そもそもこのような言説をする方は、そもそもが考え違いをしているので、これに対して、明確に回答がなされることはあまりありません。
結局、学んでいる方の中では、疑問としてくすぶったままになります。
そうなると、「中国茶というのは良く分からないものだ・・・」という印象ばかりが強くなってしまいます。
最も基本となり、製法がシンプルなはずの緑茶でも、このような状況です。
より身近ではない、黄茶や白茶、黒茶などでは、より誤解も大きいと感じます。
繰り返しますが単なる蘊蓄として話すのなら、ここまで厳密でなくても良いのかもしれません。
しかし、知識を積み重ねていこうとするならば、このような基礎のゆがみは許容できないレベルです。
耳学問と個人の経験だけでは根拠として乏しい
これらの記述の多くは、結局のところ、用語を厳密に定義するような学問的な積み上げではなく、耳学問や個人の経験(見てきたもの)に基づいた記述であることがほとんどです。
それはそれで非常に大切なものではあるのです。
しかし、何かをきちんと学ぼうと考えた場合、本来あるべき定義ではない、独自の用語の使用法(独自研究と言っても良いでしょう)は、百害あって一利なしです。
現在、日本で流通している中国茶に関する知識と称されるものの多くは、2000年前後にあった中国茶ブームの時代に書かれた書籍などが元になっています。
当時は中国側でも、お茶の用語についてのしっかりとした定義が、現在ほどはなされていませんでした。
そのような時代背景もあり、この時代に書籍を書かれた方は、それでも何とか日本のみなさんに情報を伝えようと、見聞きしたことや現地の様々な本の記述を参考にしながら、苦心して著述されたのだと思います。
その中では、論理的な飛躍があったことも責められません。
とはいえ、それから早20年近くが経ち、現在の中国においては、茶に関する様々なことがきちんと定義されるようになってきています。
当時、自分が学んだ情報をそのまま伝えるのではなく、最新情報をキャッチアップして、きちんとした正確な情報をご紹介することが、現在、中国茶を紹介する担い手の方には求められているように感じます。
そうでなければ、それは知的な怠慢であり、情報や知識を扱う上でのプロフェッショナルさという点で疑問符が付いてしまいます。
弊社でも、そのような最新情報を得るための情報源の一つとなれるよう、5月からも「標準」を読む セミナーを、再度、全国で開催していきます。
この1年のうちだけでも、新しい「標準」ができたり、既存の「標準」が改訂されるなど、本当に目まぐるしく動いているのが中国の茶業界です。
レジュメも新しい内容を組み込んで実施するほか、今年の新茶が入手できるものは、順次切り替えて、お飲みいただく予定です。
東京以外の会場として、5月からは大阪、6月からは福岡でも実施して参ります。
お近くの方はぜひご参加ください。
次回は4月10日の更新を予定しています。