第164回:中国の国営メディアがお茶の記事を多く配信している理由

普段と違う新茶シーズン

4月に入り、中国茶の新茶シーズンがいよいよピークを越えようとしています。

今年の新茶シーズンを通してみていると、例年とは少し状況が違うことに気づきます。
現地の状況が違うというよりも、中国の国営メディアや政府系出先機関の多くが日本語で中国のお茶の情報を発信しているという点です。

たとえば、Twitterなどではこのような記事が流れています。

個人のTwitterアカウントを用いて、数年前からこのような記事は積極的にリツイートをするようにしています。

そのリツイートの履歴を冷静に見てみると、その量が今年の新茶シーズンは非常に多いのです。
ほぼ毎日のように記事がアップされています。
多くは新華社などの取材記事を転用したものが多いのですが、わざわざ有料のプレスリリースなどを用いて、新聞社などに配信させている記事もあります。

現地の公式メディアが、日本語で中国茶の”現在”の状況を伝えてくれるというのは非常にありがたいことです。
その反面、「急にどうしちゃったの?」という感を持つ方もいらっしゃると思います。

そこで、今回はこの件について少し考えてみたいと思います。
大きく分けて理由は2つあると思います。

 

理由1:お茶の記事の反応が良い

まず、一つ目の理由として、お茶の記事は日本のネットユーザーにも受け入れられやすい、という点があります。

今まで中国の政府系メディアが報道する内容は、あまり多くのユーザーに関心を持たれるものはありませんでした。
ややもすると、中国政府の意見表明などが多かったり、少々、我田引水に近い捉え方をした記事も多くありますので、日本人の感覚とはマッチしない面もあります(現在もそのような記事は多くあります)。

そんな中で、ヒットする内容というのも一部にはありました。
典型的なものでいうと「パンダ」に関する写真や動画の投稿です。

パンダの愛らしい姿は、政治的にはしかめ面をする人でも頬が緩むのか、閲覧回数や反応数の桁が全く違うのです。

国営メディアのコンテンツの鉄板は「パンダ」だったのですが、最近の「ガチ中華(※)」ブームを受けて、中国料理も人気が出て来ています。
また、現地のハイテク機器などは、一部のユーザーにも好まれ、鉄板コンテンツになりつつあります。
”中国ネタ”のウケる範囲が徐々に広がっている感はありました。

そこへ来て、中国茶です。
特に最近はInstagramのような美しい写真を売りにする中国のSNS「小紅書(RED)」などから、いわゆる”映える”お茶やカフェの写真が転載され、人気を博しています。

カフェやお茶のシーンの美しい写真は、同じお茶の国である日本人の琴線にも響くのか、他の投稿と比較すると、高い反応数が得られているようです。
また、お茶に関心のある層にきちんとリーチできるようになったことも大きいと思われます。

国営メディアとはいえ、やはり情報への反応数などは当然、評価の対象に入ってきます。
反応が良ければ良いほど、「また投稿しよう」「もっと記事を出そう」というモチベーションに繋がります。
これは良い循環に入ってきているようにも感じます。

※ガチ中華:日本人向けにアレンジするなどせず、現地の味を忠実に再現し、在留中国人にも支持されるような本格的な中国料理のこと。

 

理由2:政府の基本方針であること

実は個人的には「ネットでの反応の良さ」というのは、本来の理由ではないと思っています。
もっとも大きな理由だと感じるのは、政府の基本方針として「中国茶文化を発信せよ」という指示が下りているためです。

これは、以前、ご紹介した「中国の伝統製茶技術とその関連風習」のユネスコ・無形文化遺産登録に端を発するものです。

第156回:”中国の伝統的製茶技術とその関連風習”の無形文化遺産登録について

この無形文化遺産登録を受けて、習近平国家主席が異例とも言える、具体的な指示を発出しています。

上記は中国政府系の中国国際放送局(CRI)の記事ですが、

習主席は「無形文化遺産に対する系統的な保護をしっかりと行い、人民の日増しに増大する精神文化の需要をよりよく満たし、文化への自信を強めなければならない。
中華の優れた伝統文化の創造的転化と革新的発展を推し進め、中華民族の結束力と中華文化の影響力を絶えず強め、文明間の交流と相互参考を深め、中華の優れた伝統文化の物語をうまく伝え、中華文化が世界に広く認知してもらえるように推進していかなければならない」と指摘しました。

(出典)https://japanese.cri.cn/2022/12/12/ARTIucC9NhcI6YsWWFD1unOH221212.shtml
赤字強調は筆者による

と記事には書かれています。
基本的に中国の政府系メディアの本分は、”政府の意向を広く知らしめること”にありますから、万難を排してでも、これを実現しなければなりません。
そこに予算がどんどん注ぎ込まれる、ということを意味しています。

実際、このような指示が出て以降、無形文化遺産に選ばれたお茶のプロフィールを紹介する記事や茶産地の美しさなどを紹介する記事が、国営メディアから多く出されるようになっています。
国営メディアの取材ということで、工場等の内部の様子なども見ることが出来ますし、優秀なカメラマンが撮影した美しい写真で紹介してくれるわけです。
有料プレスリリースサービスである、共同通信ワイヤーなどを通じても記事が供給され、それが地方紙などで転載するケースも出ています。

要するに、中国茶に関する情報発信は「国策」となっているので、国営メディアは張り切って記事を投稿している、ということです。

 

利害は一致。あとは情報の取捨選択と分析能力が問われる

「中国政府の肝煎りで、中国茶の情報が発信されている」と聞くと、中国政府の情報コントロールが・・・などと脅威論を叫ぶ方も出てくるでしょう。
確かに「情報源がコントロールされていて、それしか無い」という状況であれば、いわゆるプロパガンダに踊らされることになります。

しかし、冷静に考えていただきたいのですが、ここは日本です。
中国の国営メディアの情報だけでなく、国内の専門家や中国茶専門店の方の意見等、様々な情報を得ることが出来ます。
「情報源が一つしか無く、その情報を鵜呑みにするしかない」という状況ではないのです。

国営メディアが報じる情報は、「こうありたい姿」「こう見て欲しい姿」「これから目指したい姿」を投影したものになります。
しかし、往々にして、理想と現実にはギャップがあるものです。
理想と現実の間に、今の中国茶の本来の姿はあるはずですから、「複数の情報源から情報を得て、それを再構築して理解する」ということが良いのではないかと感じます。

今のところ、中国側としては「中国の茶文化を知らしめたい」という希望があり、日本の愛好家側としても「中国の茶文化を色々知りたい」という希望があります。
ここの点では完全に利害関係は一致しているので、今の状況は、向こうの国家予算でもって、どんどん情報を発信してもらえるという、いわば”ボーナスステージ”のようなものです。
取材をするのも翻訳をするのも相応にコストが掛かるのですが、そこを全部向こう持ちでやってくれるという、今までになかった事態です。
この機会を大いに活かし、様々な情報を得ていきたいところです。積極的にSNS等で拡散にも協力したいと思います。

そして日本国内にいる専門家の方は、それらを十分に吟味して、より適切な情報に加工していくという作業が必要になるのだろうと思います。
日本国内のプロフェッショナルの情報感度と情報を見極め・まとめ上げる見識が、ますます問われることになりそうです。

 

次回は4月16日の更新を予定しています。

 

 

関連記事

  1. 第98回:コロナによる販売不振局面をどう乗り切るか

  2. 第129回:評論家のノブレス・オブリージュ

  3. 第61回:お茶の説明書きから透ける、お店の個性

  4. 第46回:台湾産茶葉への回帰ムード

  5. 第65回:中国紅茶の代名詞化する金駿眉

  6. 第31回:新しい茶文化を創る好機は「今」

無料メルマガ登録(月1回配信)