第89回:スペック至上主義からの脱却を

年明け早々に福建省の武夷山へ出かけてきました。
この時期は観光もオフシーズンで、張芸謀の手がけたショー「印象大紅袍」も休演になっています。
製茶もオフシーズンで、茶畑の茶樹もお休み中。
こんな時期に出かけたところであまり収穫は無い・・・ように思われます。
が、そんな時期だからこそ、茶業者さんは時間が空いているので、のんびりお茶を選ぶには格好の時期でした。

日本で買えないお茶を買う

私が現地に出かけてお茶を買う理由は、現地の情報収集もありますが、”日本で買えない”お茶を買うためです。
そういう話になると、「さぞかし高級なお茶を買ってきたんでしょう」と思われがちです。

確かに生産量の少ない稀少なお茶を購入するとなれば、現地でもかなりのお値段になります。
輸入通関の費用などを考えると、日本に持ってきたら、とても買い手がつくとは思えない価格になります。
ですので、そういうお茶は日本に入ってこないだろう、というわけです。

・・・が、実はこの手のスペシャルなお茶は、案外日本にも入ってきています。
そうしたお茶をピンポイントで狙って、少量輸入し、ネットを中心に販売する茶業者さんがおり、そうしたお店では、現地でも見ない水準のお茶を扱っていたりします。

武夷岩茶の場合、生産量が少ないお茶とは、端的にいえば、稀少品種のお茶、有名茶師が手がけた(とされる)お茶、そして正岩茶です。
これらはおしなべて価格が高くなります。”スペックが高い”のです。

 

稀少品種の武夷岩茶

まず、稀少品種のお茶についてです。
少し前、武夷山で生産されている品種の7割は水仙か肉桂であると言われていました。
それ以外の品種については、生産量が少なく、どこの茶農家でも生産しているわけではありません。

実際、肉桂と水仙、そして代表格のブランドである大紅袍(品種的な大紅袍であることもブレンドであることもあります)は大体の店で置いています。
が、日本で知名度のある四大名叢(大紅袍、鉄羅漢、白鶏冠、水金亀)が全て揃うかというと、意外とそうでもありません。
「うちには無い」と言われることもあります。

ある程度、規模の大きな茶業さんであれば、よそからの仕入れなどで取り扱っている可能性はありますが、複数の人の手を介しているうちに素性が良く分からなくなっている可能性もあります。
もしくは、一軒一軒、適当な茶業者さんに飛び込んで聞いて回ることです。
が、武夷山には無数の茶業者がありますし、該当するお茶を少量だけピンポイントで買って帰るというのは、店構え的にかなり難しいです。

 

有名茶師の武夷岩茶

有名茶師が手がけた、というのも人気になりがちです。
人間的にも素晴らしい方であったり、文化度の高い方、実際に製茶の技術が高い方など色々な人がいます。
そうした人の顔を思い浮かべながら飲む、という付加価値があることは十分に理解できます。

が、お茶は農作物であるという原理原則に立ち戻ると、お茶の味わいは、ほぼ十中八九、生葉の品質で決まります。
どんなに優れた茶師であったとしても、その価値を引き上げられるのは、せいぜい1割程度では無いかと思います。
たとえば、雨に濡れた生葉が入ってきてしまったら、どんなに優秀な茶師でもお手上げですし、逆に生葉のコンディションが良ければ、無名の茶師さんでも良いお茶を生産できます。
これが農作物であるお茶の面白さでもあり、怖さでもあります。
有名茶師のところで買えば安心、というのは、お茶の現場を知れば知るほど、虚構のように感じられます。

現在、中国ではブランド化の動きが盛んですが、その1つにこの茶師のブランド化というのもあります。
そうしたお店では、パッケージや店舗への投資を大きく行うことが多く、現地の茶業者さんの2倍や3倍の値段をつけて販売していることもあります。
茶師の技術力で1割程度しか引き上げられにのに、値段は3倍となれば、全く割に合いません。

 

特定産地の正岩茶

武夷山市でも、猫の額ほどしかない地域で産出されるものだけが正岩茶とされ、独特の余韻である岩韻があるとされています。

最近は、現地の好事家たちが正岩茶を生産する地域の特定の場所(岩場)の「肉桂」品種を集めて、「全肉宴」という飲み比べをしたりしています。
牛欄坑で産出される肉桂は「牛肉」、馬頭岩で産出される肉桂は「馬肉」、九龍窠で産出される肉桂は「龍肉」という具合です。

武夷山全体から見たら猫の額ほどしかない正岩茶区の中の、さらに狭い地域を指定していくわけで、どう考えても値段は高くなります。
実際、牛欄坑の肉桂などは、現地でも1斤1万元(500gで15万円)ぐらいの値段がつけられています。
そしてそれが100%その産地のものであるかどうかは、売り手の話を信用するしかないという。

牛欄坑

私も一昨年、現地を歩いてみましたが、どう見ても中国じゅうの愛好家どころか、武夷山市内の需要を満たせるかどうか?と思える程度の茶樹しかありません。
理屈の上では、産地の環境が異なれば風合いは違うものですし、おそらく違いはあるのでしょう。
が、そのサンプルの入手が困難すぎて、これは一般的な武夷岩茶の楽しみ方として紹介はできない・・・と感じてしまいます。

 

コスパの良い武夷岩茶

話を元に戻します。
私が日本でなかなか買えないと感じているお茶、それはコスパの良い武夷岩茶です。

日本では武夷岩茶といえば、「岩韻」だったり「四大名叢」あるいは「有名茶師」であるという話になりがちです。
これらは現地でも高スペックなキーワードであり、そのフィルターを掛けると、必然的に正岩茶などの高額なお茶のみが選択肢に残ることになります。
それに正規の通関費用や農薬検査の費用などを負担して、小口で輸入するとなれば、日本での小売価格は10gでも数千円という価格にならざるを得ません。

あるいは、スーパーなどの量販店に並べるとなると、徹底的に価格を重視することになります。
日本茶の相場と同程度(100g500円前後)で販売できるものを大量に輸入する、となれば、現地の原料茶価格は1斤100元以下に抑えざるを得ません。
そうなると、どうしても品質を確保することが難しくなり、武夷岩茶の良さを感じてもらうことは難しいでしょう。

恥ずかしながら、私自身も一時期は「武夷岩茶は高いものだ。正岩茶以外の安いものは飲む価値も無かろう」と思っていた時期がありました。
が、実際に現地に行って飲んでみると、試飲の序盤に出てくるような小手試し程度のお茶でも、発酵と焙煎の程度が好みに合っていれば、存外に美味しく感じられたのです。

工場での試飲風景

ハイスペックな岩茶とロースペックな岩茶の間に、日本にはあまり入ってきていない、コスパの良い武夷岩茶があることに気づかされました。
武夷山の現地の工場での価格で言えば、1斤500元を中心に300~800元ぐらいまでの価格帯です。北京や広州、上海などの大都市の茶城に行くと、ここから2~3割は上がるでしょうか。
もちろん、これらの価格帯のお茶全てが優れているわけではありません。
この価格帯でも、きちんと加工され、発酵と焙煎の程度が合っており、品種の持ち味を引き出す製茶ができていれば、感動するほどでは無いにせよ、数煎はしっかり武夷岩茶らしい華やかな香りと重厚な味わいを楽しめるお茶があるのです。

こういうお茶は、日本に持ってきても比較的懐に優しい価格になるので、こういうお茶こそ、本来は日本の初心者の方に飲んでもらいたいのです。
が、それに見合うお茶が日本の店頭やネットショップでは、なかなか見あたらないのです。

 

コスパの良い武夷岩茶が、日本で少ない理由

その理由を色々考えてみました。

まず、コスパの良いお茶は、概してスペック的には”地味”なので、ネットなどで販売するのは不向きです。
「スペックは大したことないですけど、コスパは良いですよ」という商品は、元来、あまりネット向きではありません。
ネットで販売するのであれば、「これ以上は無い、最高峰の稀少茶!」という売り方か「超お買い得!」のようなキャッチフレーズが無いと売りにくいのです。

実店舗で試飲販売をするのであれば、味と価格のバランスを認識してもらえるので、可能性はあります。
が、環境的にそうした店舗自体が少なくなっていますし、そもそも武夷岩茶の価格の相場観を消費者側があまり持っていません。
相場観を知っていれば、お買い得と飛びついてくれるのですが・・・

おそらく、このようなコスパの良いお茶は、今までも専門店の方が仕入れてきたのでしょう。
が、日本では先に述べたように、武夷岩茶については詳しいマニアの方ほど、”スペック至上主義”な部分があります。
ですので、「仕入れてきても、あまり売れなかった・・・」という経験を繰り返し、ラインナップから消えてしまったのでは無いかと思います。

知識や情報として流れているものと、実際のお茶の流通量や相場観とのミスマッチがあることが、コスパの良いお茶を遠ざけてしまっているように感じています。

 

魅力の伝え方を再考すべき時

「武夷岩茶の魅力を語ってください!」という話になると、情報の伝え手としては、「岩韻」という便利な言葉や、インパクトのある岩場に生える大紅袍母樹の話であったり、稀少さ、特殊さの話をしたくなってしまうものです。

が、それらはあくまで武夷岩茶の僅かな部分の話だけであり、現実に流通している大多数のお茶のことを説明しているものではありません。
消費者側の視点に立って、武夷岩茶の愛好者を増やそうとするのであれば、ことさらにハイエンドの岩茶の凄さを強調するだけでは無く、ハイエンドのお茶の良さは良さとして、ミドルレンジやローレンジのお茶にも良さがあること。
あるいは、それらのお茶を楽しむための基軸の提案(発酵と焙煎の程度の違いで味や香りがどう変わるかや量産されて入手しやすい品種の比較など)を行っていくべきなのではないかと感じています。

かつてであれば、日本と中国の間には圧倒的な経済格差がありましたし、中国の茶業の盛り上がりもさほどではありませんでした。
しかし、こと現在に至っては、日中の経済格差は小さく、場合によっては中国が上回るようになりましたし、茶業も非常に盛況と来ています。
このような状況下で、高額になりがちな超有名産地や稀少品種、有名茶師のような”スペック”に重きを置いた中国茶の紹介手法は、もはや現実的ではありません。
中国茶の魅力を伝える側が、先人の説明を踏襲したり、中国のトレンドに乗っかるだけでは無く、現実に合わせた新しい魅力の伝え方を考案すること。
具体的には、あまり高額な茶葉を揃えずとも、そのお茶の多様性や多彩さを感じられる飲み比べの方法であったり、魅力の違いを感じられる提案を行うこと。
古くからのファンの方には抵抗もあるでしょうが、そうした活動を積み重ねていき、日本の中国茶のマーケットをより現実的で持続可能なものに再構築していく必要があるように感じています。

 

次回は2月1日の更新を予定しています。

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