第156回:”中国の伝統的製茶技術とその関連風習”の無形文化遺産登録について

2022年11月29日の夜、モロッコの首都・ラバトで開催された国連教育科学文化機関の会合で、中国が申請していた”中国の伝統的製茶技術とその関連風習”が無形文化遺産として登録されることが決まりました。
現地の茶業界では、この話題で持ちきりのようで、中国の主要メディアも、中国の伝統的文化である茶が無形文化遺産として登録されることを誇らしげに報じています。

この件について、ややもすると”中国茶が世界遺産になった”というような極論が出てくる可能性もあります。
そこで、この件についての正確な情報を少し書き記しておきたいと思います。

 

無形文化遺産とは何か?

そもそもの話ですが、無形文化遺産とは何でしょうか?
これについては、日本の文化庁のWebサイトに詳細な説明が書いてあります。

https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/mukei_bunka_isan/

内容をざっくりと紹介すると、国連の機関の一つである、国連教育科学文化機関(ユネスコ)が登録を行っているものです。
端的に分かりやすく言えば、”世界遺産の文化版”です。
※「世界無形文化遺産」と記述されることもありますが、ユネスコの文書には”World”の表記は無く、日本の文化庁も”無形文化遺産”という用語を用いています。

その根拠は、2003年10月にユネスコ総会で採択された「無形文化遺産の保護に関する条約」で、日本も2004年6月に条約を締結し、2006年4月から条約が発効しています。
21世紀になってから、設けられた比較的新しい仕組みであるため、まだ馴染みがない言葉かもしれません。

ユネスコは世界的に保護の対象とすべき遺跡などの有形のものは「世界遺産」として登録を行い、国際的な保護を講じることとしています。
しかし、舞踊や音楽、技術といった形の無い、無形の文化も保護の必要があると考え、このような仕組みが21世紀になってから具現化したというわけです。

日本からは、能楽や歌舞伎、雅楽、アイヌ古式舞踊のほか、和食や和紙、そして今年は各地の盆踊りなどを取りまとめた概念である風流踊(ふりゅうおどり)が登録されています。
このラインナップから見ても、国際的にも誇れる文化が登録されていることが分かると思います。

 

中国の無形文化遺産への取り組みと今回の構成要素

中国は無形文化遺産に関しては、初期の条約批准国でもあり、積極的に無形文化遺産の登録を行っています。
これまでに中国書法、中国珠算、中医鍼灸、二十四節気、太極拳など42件が登録されていますから、今回の登録で43件目となります。
この登録数は、世界でトップの登録数となっています。

国内でも、国家級無形文化遺産保護リストを作成して運用しており、それらは”中国非物質文化遺産網”というWebサイトに掲載されています。
※冒頭のスクリーンショット。

このサイトの記述によると、これまでに5回の国家級無形文化遺産への登録が行われており、1557件の登録があります。
さらにその下に地域レベルの無形文化遺産もあり、全部で3610件の登録があるとされています。
これだけのストックがある状態ですので、今後も登録候補は続々と出てくるものと思われます。

なお、今回登録された”中国の伝統的製茶技術とその関連風習”は、国家級無形文化遺産保護リストに登録されている茶関連のものから44項目を構成要素として選び出したものとのことです。
”中国非物質文化遺産網”の登録リストから、以下のものが選ばれています。

緑茶製造技術(西湖龍井、婺州挙岩、黄山毛峰、太平猴魁、六安瓜片、碧螺春、紫笋茶、安吉白茶、贛南客家擂茶、婺源緑茶、信陽毛尖茶、恩施玉露、都匀毛尖茶、雨花茶、蒙山茶)
紅茶製造技術(祁門紅茶、滇紅茶、坦洋工夫茶、寧紅茶)
武夷岩茶(大紅袍)製造技術、烏龍茶製造技術(鉄観音、漳平水仙茶)
白茶製造技術(福鼎白茶)
黄茶製造技術(君山銀針茶)
普洱茶製造技術(貢茶製造技術、大益茶製造技術)
黒茶製造技術(千両茶、茯磚茶、南路辺茶、下関沱茶、趙李橋磚茶、六堡茶、長盛川青磚茶、咸陽茯茶)
徳昂族酸茶製造技術
茶点製造技術(富春茶点製造技術)
花茶製造技術(張一元茉莉花茶、呉裕泰茉莉花茶、福州茉莉花茶窨製技術)
廟会(趕茶場)
茶藝(潮州工夫茶藝)
茶俗(白族三道茶、瑶族油茶習俗)
径山茶宴

たしかに六大茶類と再加工茶の花茶・緊圧茶、そして茶藝や茶宴、茶俗(風習)などが網羅されています。
特定の企業(大益、下関、張一元、呉裕泰等)の製法が登録されていたりするのは、少し面白い点です。

上記のリストに名を連ねている茶などは、確実に「世界無形文化遺産に登録されている」ということをPR文に書き記すものと思われます。
※中国側は「世界無形文化遺産」という表現を大変好みます。

 

日本茶の登録にも影響があるかも?

今後は、日本でも「日本茶(あるいは茶道)を無形文化遺産に登録を・・・」という動きが出てくるかもしれません。
それを見越して考えてみると、今回の登録リストには、ちょっと気になる点があります。

一つ目は、恩施玉露が伝統技術として登録されている点です。
恩施玉露は、中国では数少ない蒸し製緑茶の名茶です。

現地の方は「伝統の製法である」ということを判で押したように述べるのですが、現地の製法を見る限りは、どうも日本の蒸し製煎茶の製法が取り入れられているように思われます。
歴史的に見れば、一時的に製法が断絶していたことは想像に難くなく、20世紀後半に日本からの製法を参考にして復興されたと考えるのが自然でしょう。
しかし、これが日本の煎茶の製造技術を登録しようとなった際に、中国側から「我が国の恩施玉露の模倣ではないか」という問題提起が出てくる可能性を否定できません。

もう一つは、今回の登録には入っていませんが、あとから中国側が生産の多くなってきている「抹茶」を追加登録してくる可能性です。
中国側は、今回の登録で自信を深めていますから、やろうと思えば、速やかに追加登録に動く可能性もあります。
日本側が登録を考えているのであれば、早く動く必要がありそうです。

このようなことを心配するのは、この無形文化遺産の登録では、色々と隣国とのトラブルが起こるからです。
典型的なものが、”端午節”をめぐる韓国と中国の争いです。

そもそもの発端は韓国が「江陵端午節」を申請し、2005年に無形文化遺産として登録されてしまったことです。
これに対して、「端午節」という文化を剽窃されたという世論が中国国内で高まり、反韓感情が高まったことがあります。
結果的に2009年に中国側が「端午節」を申請し、登録されたことで沈静化はしましたが、文化交流のある隣国同士などでは、このような事案は大いに起こり得ます。

今回、日本でも風流踊の登録が発表されており、来年には日本の伝統的酒造りも申請が行われる見込みです。
こうした機会に無形文化遺産の保護の重要性を訴え、国内の世論を盛り上げて、早期の申請を行う必要があるかもしれません。

 

次回は12月16日の更新を予定しています。

 

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