中国茶、特に岩茶や鉄観音などの烏龍茶(部分発酵茶)を語る上で欠かせない「焙煎(火入れ)」の工程。
皆さんは、お茶を焙煎する一番の目的は何だと思いますか?
「火の香り(香ばしさ)をプラスするため」 そのように“足し算”のイメージを持たれている方が多いかもしれませんが、実際の茶業科学の視点から見ると、焙煎の主目的は全く逆。
実は“引き算”の工程なのです。
焙煎の本当の役割は「雑味の除去」と「やすり掛け」
焙煎の最大の機能は、製造過程で生じた「青臭さ」や「渋み」を取り除き、味を丸く整えることにあります。
ここで知っておいていただきたい、お茶の科学の少し残酷な事実があります。
それは、「焙煎の温度を上げれば上げるほど、本来のお茶自身が持っている華やかな香りは揮発(蒸発)して削られていく」ということです。
これは、木工における「やすり掛け」をイメージしていただくと非常に分かりやすいです。
表面のザラザラ(雑味や渋み)を取るためにやすりを掛ければ、口当たりは滑らかになります。
しかし、力強くやすりを掛けすぎると、木が本来持っていた美しい木目(=茶葉本来の香り)まで一緒に削り落とされてしまいます。
【温度帯別】お茶の中で起きている化学変化
焙煎の温度帯によって、お茶の成分は劇的に変化します。
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80℃前後(低温焙煎): お茶が持つ華やかな花のような香り成分(リナロールなど)は熱に弱く、この段階でスッと揮発し始めます。
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100℃〜120℃(中温焙煎): アミノ酸と糖類が結びつく「メイラード反応」が起こり、甘く香ばしい香りが生成される一方、フレッシュな香りは完全に上書きされます。
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130℃以上(高温焙煎): 糖分が焦げる「カラメル化」が進み、「ピラジン類」という成分が大量生成されます。品種の個性はほぼ完全に破壊され、強烈な「火香」が支配します。
プロの茶師の凄みと、業界にはびこる「2つの誤解」
このメカニズムを知ると、業界でまことしやかに語られる言葉の矛盾と、本当に優れた茶師の凄みが見えてきます。
誤解①「古くなった清香型のお茶も、焙煎すれば濃香型として美味しく蘇る」
軽快で爽やかな香りが命の清香型の烏龍茶。
古くなって香りが飛んだからといって、火を入れても「美味しい濃香型」には絶対になりません。
熱を加えた時点で残っていた爽やかな成分は完全に消滅し、ただの焦げたお茶になるだけです。
本当に美味しい「濃香型」は、焙煎の工程だけで作られるわけではありません。
優秀な茶師は、最初から「焙煎でどの成分が削られるか」を計算して原料を作ります。
具体的には、製造段階で意図的に発酵(酸化)の程度を高めに設定します。
茶葉をしっかり揺らし傷つけることで、奥深い甘い香りが引き出される反面、渋みも強く出ます。
しかし、その後の「焙煎(やすり掛け)」によってその強い渋みが見事に削り落とされ、結果として良質な甘い香りだけが残るのです。
焙煎を見越した原料作りがあってこそ、本物の濃香型は誕生します。
誤解②「武夷岩茶は毎年『お手入れ焙煎』を繰り返すことで、品質が高まる」
湿気を帯びた古いお茶を乾燥させるための「お手入れ焙煎」自体は存在しますが、これを何度も繰り返し「火入れを重ねるごとに味が深まる」と言うのは少し無理があります。
やすり掛けを続ければ、最後には木そのものが無くなってしまうからです。
そもそも、本来の伝統的な武夷岩茶は、時間が経って「返青(青臭さや湿気が戻ってしまう現象)」が起きるのを防ぐため、仕上げの段階で骨の髄までしっかりと焙煎を行って完成させていました。
だからこそ、後からお手入れ焙煎などしなくても、10年以上その品質を保つことができたのです。
しかし近年は、すぐに売れる分かりやすく軽快な香りを優先し、焙煎を軽く仕上げる岩茶が主流になっています。
つまり、昔の武夷岩茶と今の武夷岩茶は、本質的に全く別物なのです。
現代の軽い焙煎だからこそ「返青」が起きやすく、お手入れ焙煎が必要になってしまっている、というのが実態です。
茶種によって異なる「やすり掛け」の美学は科学で説明可能に
では、武夷岩茶、鳳凰単叢、台湾烏龍茶など、それぞれの茶類において、生産者は具体的にどのような哲学で焙煎を行っているのか?
そして、その焙煎の深さ(温度帯)の違いは、実際の液色や香りにどう現れるのか?
今までは、こうした焙煎の妙は「職人が持つ秘伝」や「長年の勘」のように語られてきました。
しかし現在では、実はその多くの部分が「科学」で明確に説明が付くようになっています。
それを真に理解するためには、製茶のプロセスにおいて、茶葉の中でどのように生化学的な変化が起こるのか。
どのような成分が生成・分解され、その後の焙煎(やすり掛け)によって、どのような成分が揮発し、変化していくのか。
こうしたミクロの世界で起きているメカニズムを、順序立てて学んでいくことが最大の近道です。
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