第131回:今、中国茶の教科書を書くとしたら・・・

答えに困る質問の第1位

中国茶に関する質問を受けることが多いわけですが、困る質問というものがあります。
知らないこと・分からないこと、まだ科学的にも解明されていないことであれば、「分かりません」と答えるので、これは難しくありません。
一番困るのが、解決策を提示できないときです。

その中でも、難敵中の難敵が「中国茶の勉強に役立つ本はありませんか?」という質問です。
これについては、正直、回答に詰まります。

そもそも、中国茶に関する本の出版が多くありません。
いくつかの制約であったり、部分的に、ということであれば、自信を持ってお薦めできる本はいくつかあるのですが。
たとえば、読み物的に面白く読めるものという限定を付けたり、個人の出版した電子書籍でも良いということであれば、以下のようなものはお薦めできます。

ただ、質問してくる方が期待されるような、全体像をスカッと明快に説明できる、教科書的な書籍というのは、残念ながら、なかなか見あたりません。

 

昔の本ではダメなのか?

もちろん、教科書的な本も、出版されているのですが、出版時期がかなり古くなっています。
最近の中国と日本は、比較的往来も頻繁ですし、オープンなように見えるのですが、なにしろ国交が回復したのは1972年ですし、その後も外国人への未開放地区も多く、決してオープンな国ではありませんでした。
改革開放政策が打ち出されてからも、助走期間が長くありましたし、天安門事件で一度冷え込んでいます。

今、多くの方がイメージされているような中国の情報を得やすくなったのは、21世紀に入ってからのことです。
それでも2000年代は、誤解や誤謬が多かったように思いますし、中国の経済成長がある程度まで達成された、2010年代以降のことでしょう。

そのような日中間の情勢を踏まえると、古い時期の本というのは、どうしても中国が対外的に開放されていなかった時代の情報がベースになります。
不明瞭な部分や誤解に基づいて書かれたものも多いですし、なにより、現地でも正確な定義がなされていなかったこともありますから、それを伝聞や数少ない経験談で書いてしまうと、当然、事実とのズレは出てきます。

中国の茶業界は、ここ20年ほどで急速に成長していますし、それに伴って、様々なお茶の環境が変わってきています。
製法も変わっていますし、新しいお茶も増えてきています。

中国の経済成長に伴い、価格のレンジが大きく違ってきていることは、大変厄介な点です。
当時の本には「初心者の方は、まずは宜興の紫砂茶壺を買いましょう!」「中国緑茶なら、やはり明前の西湖龍井茶がお勧めです」などと書かれていたりします。
が、現在、これを正直に実行しようとすれば、価格の桁が1つか2つ違う話になってきて、多くの初心者は逃げ出すことでしょう。
急成長の中国とほぼ物価水準が変わらない日本の20年の縮図のようでもありますが・・・

なにより困ったことがあります。
それは、お茶そのものの「定義」がフワッとした共通認識ではなく、明確な文書(いわゆる「標準」)の形で定義され始めていることです。
これ自体は大変良いことですし、歓迎すべきことなのですが、「定義」が明確になればなるほど、説明も変わらなければなりません。

以前のフワッとした共通認識的な定義を積み重ねていくことは、それはウンチクを積み重ねるのと同じようなものになります。
ウンチクであれば、断片的な知識であるので、多少の揺らぎは許容されます。
1と言うべきところを、0.7~1.3ぐらいで説明している分には、「まあ、このくらいのズレなら良いか」という話になりがちです。

しかし、中国ではお茶は学問分野として確立しており、学問というのは「定義」を積み上げていくことで成り立っていますから、非常にシビアな世界になります。
1と言うべきところは、明確に1でなければなりません。そうでなければ、1+1は2になりません。
先に挙げたようなウンチクのように揺らぎがあると、たとえば、ある人は0.7+0.7=1.4になり、ある人は1.3+1.3=2.6となり、大きな差が出てきます。
これでは困るので、きちんと定義されているものは、定義として積み上げていくことが必要になります。

中国では、『標準化法』という法律があり、全ての産業はあまねく「標準化」を図ること、とされています。
これは国全体として、きちんとした規格・定義を作って行くという法律であり、この法律の下で全ての産業が動いています。
茶業も全く例外ではなく、お茶に関しても様々な定義がなされています。

残念ながら、これまで日本で出版されてきた書籍では、この明確な「定義」が出来上がる前の常識で書かれているので、現在の実勢と齟齬が出るのです。
かろうじて、先に挙げた電子書籍はクリアしていますが、大手出版社の書籍ではないため、なかなか一般にお薦めするのは難しいという状況です。

 

書くのはそう簡単ではない

こういう状況であるので、きちんとしたテキストがあるものなら、是非欲しい、ということになるわけです。

弊社で行っているセミナー・講座は、まさにこうした中国の新しい「定義」に基づいて、中国茶の世界を捉え直そうという試みを行っています。
そんなわけで、セミナー資料を分けて欲しいというお話もいただくのですが、体裁が読み物になるように書かれていないので、なかなか難しいものです。
あくまで話を聞き、それを理解するための補助資料という位置づけなので、これは仕方がありません。

それならば、きちんとしたテキストを書いてくれないか、というお話もいただきます。

しかし、これはなかなか実力の必要なお話で、現段階では荷が重すぎます。
文章(あるいは写真)のみで新しい概念を理解してもらうというのは、対面で説明する以上に多くの知見と文章力・構成力を必要とします。

たとえば、お茶の木について本気で説明するのであれば、製茶や植物学的な知見だけでなく、食品化学や土壌学など様々な分野の知見も必要です。
ゆくゆくは挑戦してみたいのですが、それぞれの分野について、もっと勉強しなければなりません。

 

もっとも、そこまでの水準は必要無い、と割り切れば、書くことはできるかもしれません。
その場合でも、最低限、中国の茶業関連の標準を読んでおき、それに基づいて記述することは必須となることでしょう。

弊社で運営しているWebサイト・Teamedia は、標準ベースで中国茶の情報を整理するとどうなるか、を実験的に記述しているものです。
Webなので、いささか説明過多ではありますが根拠が明確になっているので、納得感の高い説明と感じる方も多いのではないかと思います。

今、中国茶の教科書を記述するのであれば、この要領でもう少し情報を絞り込んで凝縮していくことになるでしょう。
残念ながら、現状では手が回らないのですが、いつか冊子の形にはしてみたいと思います。

 

次回は11月16日の更新を予定しています。

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