第145回:『茶をめぐる情勢』をどう読み解くか?

日本国内の茶業を考える基礎データ

毎年、農林水産省が発表している『茶をめぐる情勢』が、今月更新されました。

農林水産省:お茶のページ

茶をめぐる情勢(令和4年6月時点)(全体版)(PDF : 4,594KB)

この資料は、日本の農林水産省の発表資料なので書かれている内容は、当然、日本の茶業に関してのものです。
そのため、中国茶関係者の方の中には、この資料のことを知らない方もいらっしゃるようです。

が、日本における中国茶も、日本の茶業界の一端を担っているのは確かですから、この資料は目を通しておいた方が良いかと思います。
日本のお茶市場を正確に理解する上では、この資料を読み込んでおくことが必要でしょうし、実際、役に立ちそうな箇所も多々あります。

かなり分量の多い資料ですので、今回は個人的に気になった点を、ここでみなさんと共有しておきたいと思います。
基本的には資料に沿った形で紹介していきますので、詳細なデータなどは、上記に示した、農林水産省のWebサイトよりダウンロードいただき、突き合わせながらご覧ください。

それにしても、このような資料を毎年、労力を掛けて編纂し、無償で発表しているのですから、農林水産省もきちんと茶業を振興しようという意図があることを感じます。
あまり国に文句を言うばかりではいけません。良いことは良いこととして、きちんと評価するべきでしょう。
※おそらく、資料のダウンロード数などで反響の大きさが数値化され、評価されるものと思われます。

 

生産・価格動向について

日本の茶の生産量は、既に周知のように生産量は右肩下がりで減少しています。
特に令和2年(2020年)は新型コロナウイルスの流行が始まったことから、需要減少を見込んで、大幅に減産となりました。
前年(令和元年・2019年)の約8万2千トンから、約7万トンと大幅な減少になっています。

ところが、昨年の令和3年・2021年は、約7万8千トンと、約8千トンの大幅増となっています。
もっとも栽培面積は減少傾向が続いており、前年よりも約1千ヘクタール減の約3万8千ヘクタールとなっています。

農林水産省『茶をめぐる情勢』3ページより

令和2年と令和3年の茶期別生産量の推移を見ると、全体では増産になっているものの、高値が付きやすい一番茶の生産量はむしろ減少傾向であり、二番茶以降の生産量の伸びに支えられていることが分かります。
これについては、ドリンク向けを中心に生産が回復した結果、と分析されています。
一番茶はリーフとしての需要が大きいので、これはリーフとしての需要が減少傾向にあることはコロナ禍でも変化しなかった、ということを示しています。
ドリンク向けの存在感が、一般の人が想像する以上に、圧倒的に大きくなっていることが分かります(支出金額を見れば、明らかなのですが)。

高値になる傾向の一番茶の生産量が減り、二番茶以降のお茶の生産量が増えたということは、茶葉価格の下落を意味するのでは?と感じるのですが、意外な結果を示しています。

農林水産省『茶をめぐる情勢』4ページより

令和2年に比べて、大幅に上昇しているのです。
これは令和2年の茶葉の減産(主に二番茶以降のドリンク向けが減産になった)によって、在庫のだぶつきが解消されたものによると分析されているそうです。
ということは、茶葉価格の長期下落傾向は、茶園や生産工場など、生産能力の過剰が原因であるとも言えます。
一時的な改善にはなったかもしれませんが、需要に比して未だに生産能力は過大だと思われますので、長期低迷の傾向は変わらないかもしれません。

しかし、世界的には値上がりの傾向にあります。
実際、日本に輸入されている中国産輸入緑茶価格の推移を見ると明らかです。

農林水産省『茶をめぐる情勢』4ページより

10年ほど前とは違い、現在、ペットボトル原料茶としての中国産の需要は大きくありませんから、嗜好品クラスのお茶の値上がりが大きく影響していそうです。
中国の分類でいうところの「大衆茶」から「名優茶」へのシフトが進んだ結果、現地価格の上昇を受けて、素直に価格が上昇しているということなのでしょう。

 

消費動向について

日本の茶業関係者の話を聞いているだけだと、リーフと茶飲料は拮抗しているかのように聞こえることも多いものです。
しかし、統計データを見てみると、産業構造的には15年以上も前から、そのような状況を過ぎています。

1世帯あたりのリーフ緑茶消費量は年間1kgを切り、759gに過ぎません。
昨年のステイホーム効果で、若干持ち直していたはずでしたが、コロナ禍前の水準をも下回ってしまいました。
これが大きく持ち直していくことは、この後の世代別の飲用状況などを見ても望み薄の状況です。

その一方で、激戦の清涼飲料のジャンルでは、緑茶飲料は健闘を見せています。
ウーロン茶飲料は長期的に低迷していますが、これは新商品が出ないということも大きいでしょう。
新商品を打ち出したくとも、中国産烏龍茶に関しては、カントリーリスクと言うべきか、国家のイメージの問題もあり、このグラフに掲載されている平成17年(※)以降は、特に難しい状況に置かれています。
日本で生産された、国産ウーロン茶を打ち出すという工夫を大手飲料メーカーが挙って発売した時期もありましたが、品質的にも十分ではなく、今後も急激な伸びは期待できそうにありません。

なお、台湾産の烏龍茶を使った新製品は散発的に出ていますが、大手メーカーによる大量販売の実現はなかなか難しいと思われます。
というのも、純粋な”台湾産”の烏龍茶をペットボトルとして採用できる程度の価格で大量に調達することは、台湾の茶業の状況を見る限りは難しいからです(大量調達時は、境外茶の問題がどうしてもついて回る)。
今後も新商品は出ると思われますが、小ロットの出荷にならざるを得ず、小規模なヒット商品に留まらざるを得ないでしょう。
※この年、反日デモが発生。以降、平成22年の尖閣諸島中国漁船衝突事件、平成24年の香港活動家尖閣諸島上陸事件を契機とした反日デモが発生。この期間で日本国内での対中国のイメージは著しく悪化しており、そこからの回復は未だ十分ではない。

農林水産省『茶をめぐる情勢』5ページより

日本の茶業の牽引役は、既にリーフ茶ではなく茶飲料に切り替わっています。
それを物語るのが1世帯あたりの緑茶・茶飲料の年間支出金額のグラフです。
平成19年に茶飲料の消費支出額がリーフ茶を上回り、それ以降、茶飲料の支出額は伸びても、リーフは漸減傾向にあります。

そしてもっとも問題なのは、リーフ茶を飲む層が高齢者に偏っていることです。
40代以下の世帯では、リーフ茶の一世帯あたりの年間支出金額は1000円以下に留まります。
50代から徐々に支出金額が上昇していますが、50代、60代は茶飲料への支出金額も多くなっており、リーフ茶の方をより好んでいるわけではありません。
リーフ茶への支出額が茶飲料を上回るのは、70歳以上になってからです。

「リーフ茶の方が好きだ」という方も、もちろんいらっしゃるのでしょうが、実際問題として日本銀行券を投入してくれるのは茶飲料の方が多いということです。

農林水産省『茶をめぐる情勢』5ページより

これから10年、20年という市場を見通した時、リーフ茶を愛飲する世代はどんどん少なくなっていきます。
そのように考えると、仮に日本の茶業政策を考えるのであれば、如何にして茶飲料を飲んでもらうか、という方向で政策を考えることになるのが自然でしょう。
特に機能性の訴求などが考えられていますが、これはリーフ茶を販売するための政策というよりは、茶飲料を拡販する際の宣伝材料を増やすための方策のようにも感じます。

経営コンサルタント時代の私がこれらのデータを見たならば、茶業界の中心はリーフではなく茶飲料であると分析していたと思います。
この場合、リーフ茶が取るべき戦略は自ずと違ったものになります。
少なくともマスマーケットを狙った戦略を組むのでは無く、ニッチなマーケットを狙い、徹底的な高付加価値化と差別化をした上で、生産量を絞って、高価格戦略を取るしかありません。

 

コロナ禍による変化

このように見ていくと極めて悲観的な見通しにしかならないのですが、そうであればこのような文章を綴る必要はありません。
経営学者のP・F・ドラッカーは、イノベーションに必要な要素として7つの要素を上げています。
イノベーションの可能性が高いものから順に、「予期せぬもの」「ギャップ」「ニーズ」「産業構造の変化」「人口構造の変化」「意識の変化」「発明発見」となります。

このうち、まさに「予期せぬもの」と「意識の変化」が起こっています。
それこそが、今回の新型コロナウイルスの世界的流行であり、この「予期せぬもの」により、人々の間に「意識の変化」も生まれています。
今までの流れであれば、完全に負けゲームだったのですが、その流れを上手く転換できるかもしれません。

これについて、『茶をめぐる情勢』では、「新型コロナウイルス感染症の影響による変化」について調査を行っています。
その結果によると、若年層で少ないながらも茶葉から淹れた緑茶の飲用頻度が増えたと回答しています。

農林水産省『茶をめぐる情勢』6ページより

ほぼリーフ茶の飲用が期待できなかった世代に、僅かながらでも飲用機会が出てきたというのは、大変素晴らしいことだと思います。
従来のマスマーケットを狙う戦略であれば、「大多数は変わらないではないか」ということになるのですが、ニッチを狙うと決めてしまえば、大きな希望の光になります。

問題は、この層の試しに飲用した人たちが、今後、どのような推移をたどるかです。
この世代は、新聞やテレビといった従来型のメディアで情報収集をするのでは無く、ネットなどから情報を得ている世代です。
また、同世代の同じような価値観を持つ人からの情報発信に影響を受けやすい世代でもあります。

この世代の人たちの中から、同世代の人たちに影響力を持つ、お茶のインフルエンサーが出てきて、彼・彼女たちのライフスタイルに合ったお茶の飲み方を提案していったら・・・

「若者はリーフ茶を飲まない」という状況は、少し変わっていくかもしれません。

 

現状を正確に認識し、取るべき戦略を見極め、変化を掴んで10年先に投資する

『茶をめぐる情勢』には、まだまだ有意義な調査が掲載されているのですが、今回シェアするのはここまでにしたいと思います。

ここまでの内容を見るだけでも、日本の茶業界が置かれている現実を知ることができます。
そして、消費層の状況などを見れば、起こりそうなことの予測も立てることが出来るでしょう。

例年の更新であれば、ここまで、だったのですが、今年は新型コロナウイルスの影響についての考察がありました。
これを見ると、今までとは違った流れや風が吹いていることが感じられます。
もっとも、これはごくごく僅かな風なのかもしれません。
しかし、その僅かな風を上手に受けることができれば、新しいマーケットが広がっていくかもしれません。
マーケットの開拓は一朝一夕に出来るものでは無く、5年、10年とかかっていくものですから、そこへ投資を出来るか?が今後を決めるように感じます。

5年、10年とは随分先のように思えますが、先に挙げたグラフの数字を、その年の出来事と照らし合わせてみてみると、つい先日起こったことのように思えるものです。
どのような投資が必要なのかについては、また稿を改めて、ご紹介したいと思います。

 

次回は7月1日の更新を予定しています。

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