第65回:中国紅茶の代名詞化する金駿眉

中国紅茶の代名詞といえば?

年に何回か中国へ渡航していると、日本で流通している中国茶に関する情報と現地の実態とのギャップを感じることは、しばしばあります。

たとえば、日本の中国茶ファンの方に「有名な中国紅茶を挙げてください」という質問をしたら、どのような回答が返ってくるでしょうか?

どこかで中国茶を学んだ方は、おそらく、

「祁門紅茶。世界三大紅茶の一つだから」
「正山小種。紅茶の原型と言われているから」

といったお茶を挙げられると思います。
あるいは、比較的入手のしやすい雲南紅茶、変わったところでは九曲紅梅などの名前を挙げる方も、いらっしゃるかもしれません。

しかし、中国ではどうも違うお茶を挙げることが多いようです。

 

若者世代の飲む中国紅茶は?

先般、湖南省のシンポジウムに出席した際、通訳として、地元の日本語学科の学生が付いてくれました。
参加者に合わせて、3名の学生が付いてくれたのですが、彼女たちは同じクラスに通っており、それぞれ日本の大学への留学が決まっているとのことでした。

シンポジウム終了後、雑談のようなところから「そういえば、お茶は飲むの?」と聞いてみたところ、3名のうち2名はあまり飲まない、とのこと。
飲んでも、レモンティーなどの茶飲料ぐらいとのことでした。
このあたりの感覚は、日本の若者世代と近いかもしれません。

ただ、1人だけ、お茶を普段から飲みます、という学生がいました。
「何を飲むの?」と聞いてみると、紅茶を飲むとのこと。
紅茶?湖南省にそんな有名な紅茶はあったかな・・・と思って、何を飲むかを具体的に聞いたところ、返ってきた答えは「金駿眉」でした。
甘いので、非常に美味しいと感じるのだそうです。

どこで買うのか?聞いてみたところ、やはりインターネット(淘宝)で購入するそうです。
彼女なりに信用のできそうなネットショップを見つけ、そこを贔屓にしているようです。
イマドキの中国の若者のお茶購入は、このような形が多いのだろうと思います。

 

金駿眉というお茶

この金駿眉というお茶、知っている日本人はあまり多くはありません。
熱心な中国茶ファンでも、名前は聞いたことがあるが飲んだことはない、という方が多いお茶です。

このお茶は、正山小種発祥の地、言い換えるならば紅茶発祥の地とされる、武夷山市星村鎮の桐木村。
地元の茶業者である正山堂のほか、数名の有力な茶師が協力して2005年につくりあげた、新しいタイプの紅茶です。

2015年に公布された業界標準『金駿眉茶』(GH/T 1118-2015)によれば、このお茶の正統な産地は、桐木村を中心とする武夷山国家級自然保護区565㎢内に限られます。
その地の高山茶樹の単芽を原料とし、”湯色金黄、湯中帯甘、甘里透香”の品質特性を持った紅茶というのが正式な定義となります。

伝統的な紅茶の製法と大きく違うところは、烏龍茶同様、日光萎凋を行うところにあります。
現代の産業化された紅茶の多くは、萎凋槽を使った室内での萎凋を前提としています。
地元の正山小種も伝統製法は青楼という建物の中で日光に当てずに松の薪を燃やした煙と熱で加温萎凋をするという手法を採用しています。
このため、香りのタイプが従来の紅茶にはないものに仕上がっており、地元・福建省の『武夷紅茶』(DB35/T 1228-2015)の基準では、奇紅と呼ばれるジャンルに属します(他には正山小種、小種、煙小種があります)。

武夷山国家級自然保護区は、江西省と福建省の省境付近にある山岳地帯で、標高は1000mを越えてくる高山地帯です。
当然、茶畑は斜面にあることが多く、その中で小さな芽だけを摘むというのは、大変精度の高い茶摘みを要求されます。
さらに、日光萎凋が不可欠ということは、天候に左右されやすいお茶ということもあり、歩留まりの低さに繋がります。

このようなことから、金駿眉の値段は必然的に高価にならざるを得ず、2006年頃の売り出し時でも1斤の定価は3600元(500gで約6万円)。
現在では、正山堂の販売する特製金駿眉の定価は1斤12800元(500gで約22万円)の値が付いています。
このような高額であることについて批難の声ももちろんあるのですが、正山堂では「金駿眉は、お茶のロールスロイスである」と表明し、意に介す様子は見られません。

もっとも、このような高額になる話題性のあるお茶であり、基準の制定や原産地保護の動きに産地として遅れてしまったことなどから、デビュー以来、すぐに他産地産の模倣品が多数現れてしまったお茶でもあります。
そのため、市場に出回っているお茶のほとんどは、他産地産の模倣品というのが現状です。
もはや広まりすぎていて、取り締まりようが無い状態になっているようにも思えます。

 

ホテルの部屋にあったお茶セットにも金駿眉が

話を湖南省に戻しますと、省都の長沙で宿泊したホテルの部屋には、コーヒーカップと茶漉し付きのマグカップがありました。
そこに、インスタントのコーヒーとお茶が一緒に置かれていました。

ここまでは日本のちょっと気の利いたホテルでもありそうなサービスです。
が、中国の場合、ユニークなのはコーヒーは無料なのに、お茶は有料だということです。

今回並んでいたお茶は4種類で、最近人気の白茶から白毫銀針、そして普洱茶、さらにご当地の安化黒茶、そして紅茶から金駿眉です。
やはり、紅茶の代名詞は金駿眉ということでしょう。

なお、これらのお茶は、1回飲みきりの5g程度のパッケージですが、普洱茶だけは38元(約650円)でそれ以外のお茶は48元(約800円)でした。
ルームサービスということを差し引いても、なかなか良いお値段だと思います。
別の見方をすれば、「この値段を出してでも、茶を飲む」ということが、ある意味、”意識の高い”行動と見做されるようになっているということです。
「茶」というものが「茶文化」というものを纏うことによって、「単なる飲料を越えた存在」になっているわけです。

さて、そんな高額な茶葉ならば、きちんとした産地のものかと思いきや・・・

裏面の説明書きを見てみると、産地は福建省泉州市(武夷山であれば南平市でなければいけません)となっており、一番下の生産企業欄には安渓の茶葉会社の名前がありました。
どうも、この商品の製品名は工夫紅茶(金駿眉)というものであり、製品種としても中小葉種工夫紅茶であり、いわゆる「金駿眉」の規格ではない、という理屈のようです。

 

中国の市場に出回る金駿眉は、基本的にこのような状態です。
中国紅茶の代名詞化していることから、本来ならば、日本の消費者の方にも、どんどん飲んで知ってもらいたい!と感じるのですが・・・

本来の産地の製品はあまりにも高額すぎて、とても日本で流通に乗せられるような価格にはなりません。
かといって、模倣品を飲んでも、本来の味わいは分かりません。

と、非常に悩ましいお茶なのですが、こうした現状もまた、中国紅茶の状況の縮図になっているとも言えます。

 

次回は3月11日の更新を予定しています。

関連記事

  1. 第148回:台湾の茶業統計を見ると分かる、ちょっと意外な事実

  2. 第19回:「茶」の定義を整備し始めた中国

  3. 第100回:本格化する福建美人茶の生産

  4. 第171回:「入門」と「基礎」の違いについて

  5. 第93回:想像以上に順調な中国の茶産地

  6. 第77回:パッケージを含めた購買体験の最適化

無料メルマガ登録(月1回配信)